十八話 まさか
復讐心はシロの瞳で今も燃えている。
ただ、復讐が終わればアイクとの関係がなくなってしまかもしれない。彼の胸に抱かれている間、少しずつ尻尾が下がり、耳がへたる。
アイクの首に着いた噛み跡はうっすらと残っており、復讐心と共に彼と出会ったあの時間が現実だと知らしめた。
傷をちろちろと舐め、当時の失敗を消そうとするが消えない。
アイクはシロを隣に転がし、シーツをたくし上げる。
「まだ寝ない、もっとやるの……」
「眠たいならさっさと眠った方がいい。今、どれだけやろうと俺はすぐに変わらん」
シロは頬を膨らまし「眠くないもん……」と文句を小声で呟くが、アイクの大きな手が瞼を撫でると五分とたたずに寝落ちする。
安らかに眠るシロの寝顔を見てもアイクは無表情。
――眠るとき、母がおまじないと言ってデコにキスしてくれていたな。
シロのデコにキスしてみる。特に変化はない。
「母さんはなんて無駄なことをしていたんだろうか」
アイクはシロの隣に寝ころび、目を閉じて眠りについた。
次の朝、目を覚ますとシロがアイクのほうを向き、目を開けている。琥珀色の瞳にアイクの顔が反射していた。いつものように無表情。寝起きのため、瞼は重たそうだ。
「わたし、アイクの顔、二つしか知らない。真顔と寝顔」
「母さんも、その二つしか知らないと言っていた」
シロは「まじか……」と小言を漏らし、表情を引きつらせる。一緒に生活しているため、嘘ではないと察する。
「丈夫に生んでくれて、愛想つかさずに育ててくれた母親に感謝しろよ」
「感謝している。まあ、もう三年は会っていない。だが、男が母に会いに行きたいというのは少々どうかと思う」
「別にいいじゃないか。母親なら、アイクの感情を沸き立たせる方法か何か知っているかもしれない」
「会いに行かないぞ」
「えぇー、アイクの母親、気になるんだが」
アイクはベッドから起き上がり、さっさと服を着る。
シロもベッドから渋々出ると服を身に着ける。
訓練場で訓練し、依頼を受けるため受付に立つ。
村や街の被害は収まりつつあり、以前同様に魔物の討伐依頼を受けられるようになる。
シロのレベルを上げるためにも彼女よりレベルが高い魔物、または同じか少し下のレベルで大量の魔物と戦う必要があった。
彼女が復讐を遂げるために最低でもレベル50は必要だ。それ以上上げられるなら、なおよい。
レベルを簡単に上げる方法は存在せず、地道に上げていくしかない。
「シロ、そろそろ自分に合った戦い方がわかってきたか?」
「一対一の近接戦闘。空を飛んでいたり、遠距離攻撃してくる魔物は苦手」
アイクは「そうか」と一言。受付で依頼を複数受ける。シロの依頼も彼が決めた。
鉱石が発掘される鉱山地帯に足を運んだアイクとシロは光が届かず、真っ暗な深い峡谷に踏み入る。
雨に濡れた岸壁、湿気で下たる雫、反響する足音……。日が当たらず、葉が枯れ落ちた枯れ木が壁に生えていた。ときおり風が吹くと、峡谷が低い笛の音を鳴らす。鼻を衝くアンモニア臭がシロの顔を顰めさせる。
「じゃあ、シロ。こいつらを全て討伐するんだ」
アイクは岩壁に拳を打ち付ける。すると、枯れた木々や岩の隙間でぶら下がりながら眠っていた魔物が目を覚まし、空を埋め尽くすほど飛び交う。
「なっ! こ、これ全部っ!」
シロは峡谷のどこまで存在しているのかわからないほど空を舞っている魔物に視線をむけた。
焦げ茶色で、コウモリの姿に酷似している魔物ウォンバットだ。
体長八〇センチメートル近くあり、翼を広げれば二メートル近く、大型の鳥類を彷彿とさせる。空中で飛び交いながら、金属を擦り合わせているような不快な超音波を発し、辺りの状況を確認している。
耳がいいシロは耳を両手で押さえても、歯を食いしばらざるを得ない。
真面な聴覚器官をもっている者がこの場にいたら、数分で発狂してもおかしくない中、アイクは無表情。
増えすぎたウォンバットの超音波は峡谷のが岸壁を破壊し、間を広げる。魔物や落石が鉱山で働く者たちを襲い、仕事が滞っていた。
「シロ、気をしっかりと持て。音ではなく、倒すことに集中しろ」
シロは耳元で金属が勢いよく打ち付け合う音を無理やり聞かされながら戦えとアイクに言われ、反抗できるわけもなく彼に戦えと言われたらやるしかなかった。
空を飛び遠距離攻撃してくる魔物はシロが苦手としている敵だった。
彼女が思いっきり跳躍しても全く届かない距離を飛ばれ、武器は攻撃範囲の短い拳と脚、ショートソード。それでも戦わなければならない。
揺れる瞳であたりを見回し、近くで見つけた石を拾う。ウォンバット目掛け、力強く投げる。相手の数が大量のため、適当に投げても何かに当たる。落ちてきた個体を倒した。それを何度も繰り返す。
シロの姿を見ているアイクは出来る限り何もしない。ウォンバットのレベルは20から30程度。だが、数が大量に加え、シロが苦手としている敵だ。苦手を克服するついでに、レベルもあげられる。一石でウォンバットが二匹落ちるようなものだ。
戦い始めて一五分、超音波の攻撃の特徴もシロは掴み始めていた。
峡谷に共鳴している音はうるさいが、頭が震えない。ウォンバッドの口の向きを意識すれば攻撃は食らわなかった。
岸壁を這い上り、枯れた木々を足場にして高所にいるウォンバットも討伐していく。
訓練を始めて二カ月も経っていないと思えないほどの身のこなし。さすが獣族といったところだ。全てを倒す前に、ウォンバットが峡谷の住処を捨て、逃げ出したため、青い空がうっすらと見えるようになる。
シロは額の汗をぬぐい、高所から木の枝に降り立った。だが、枯れた木は脆く、簡単にへし折れる。
空中で体勢が崩れ、足場がなく岸壁に手も届かない。地上まで二五メートル近く。この高さから落ちれば猫族といえど普通に死ぬ可能性があった。
手が届きそうだった木々を素通りしながら三秒もしない間に地面が近づく。足から着地するため、空中で体を捻るも、長時間超音波を聞きすぎた影響で三半規管が狂っていた。
体勢が崩れ、体が思った通り動かない。ぶつかると察したのか、目を瞑ったころ体が少し浮いた。
うっすらと目を開けると、アイクがいる。お姫様を持ち上げるような、赤子を抱き上げるような持ち方で、シロを受け止めていた。
「まだまだだな」
アイクが一言言い終えると、空から真っ二つに切られたウォンバットの雨が降る。彼女が逃がした個体のすべてを、すでに切り裂いていた。
「だが、悪くない戦いぶりだった」
シロを地面に立たせ、頭を撫でる。「耳が痛いか?」と聞き、シロが小さく頷くと持参しているポーションを飲ませる。
視界がほとんどの人間と違い、獣族の聴覚は人の目と同じくらい必要な部位だ。怪我させたまま放置しておくのは危険だった。
「シロ、よく頑張った」
彼女がポーションを飲んだあと、耳が正常に機能しているか確かめるためアイクはシロの耳元で名前と短い褒め言葉を囁く。
アイクの声が鮮明に聞こえたのか、シロは放尿した時のように体をぶるりと震わせ、尻尾が真上にビンビンに立ってしまう。
すぐ両手で耳をヘたらせ、片足で跳び跳ねながらアイクと少し距離を取った。そのまま早足でさっそうと歩き、出口に向かう。
この場に大量のウォンバットを放置しておくわけにもいかないため、依頼してきた鉱山で働く男たちにウォンバットの排除を手伝ってもらった。
他にも依頼があるため、アイクとシロは場所を移動し、到着しだい依頼をこなしていく。
その間、シロのレベルは少しずつ上がり48になった。
冒険者を始めて二カ月も経っていない者が上級冒険者並のレベルになっており、彼女の成長速度の速さにうなる。だが、レベルが上がれば上がるほど成長しにくくなるため、日ごろの訓練、実践、鍛錬は欠かせない。経験の蓄積がレベルアップに必要なのだ。
仕事を終え、夕食の時間帯、ウルフィリアギルドの食堂でアイクとシロは食卓を囲む。
「なあ、昨日、闇ギルドが四つも潰されたらしいぜ」
「まじかよ。いったい何のために……」
「何者かが獣族のこととパックス公爵のことを嗅ぎ回っているらしい」
「闇ギルドに恨みがあるやつなのか。命知らずな奴だ。ブレイブじゃあるまいし」
何者かが闇ギルドを潰し回っている噂はすぐに広がった。闇市だけではなく、ウルフィリアギルドの食堂でも頻繁に会話のネタになっている。その声はシロの耳にも入ってきていた。
「おい、アイク……、まさか」
「別に俺は話を聞いていただけだ」




