第三章 崩壊(21) 善なる者と悪なる者(1)
ルードの手配書は小さな村にまで張り出されていた。
その手配書にそっくりの男が辺境の村に入った。その顔を見て人々はひそひそと話した。
何処か泊まるところは・・男はそう言った。
「家畜小屋なら空いているよ。」
太った女がそう言った。
おい・・と側の男が女の袖を引いたが、女は構わず自分の家畜小屋に男を連れていった。
「水浴びをさせて貰っても・・・」
「そこの井戸を使いな。」
男は井戸の前で服を脱ぎ始めた。
「何をする気だ。」
それを遠目で見る太った女にその夫が不安な声を発した。
「金蔓が転がり込んできたんだよ。」
まだ不安げな夫に女は続ける。
「お尋ね者だ・・裸になったところをふん縛って、お上に差し出す・・それでたんまりと金が入るって事だよ。」
女は舌なめずりをした。
「ぼやっとしていないで、あんたは力自慢を何人か集めておいで。」
女は井戸端の男を尚も見続けていた。
手配書にあったように胸に太陽のような痣がある。だがその色は手配書に書いてある“黒”とは違い、真っ黒ではなく銀色に少し輝いている。
違うのかねぇ・・・それを見て太った女は少し小首を傾けた。
別人と思ってみれば違うような気もする。手配書の男の似顔絵は波打つ髪を肩近くまでだらりと垂らしているが、同じくらいの長さの髪をこの男はきちっと頭の後で結んでいる。目つきも・・鋭さが違う。それに白い犬も、白い長衣を着た女もどこにもいない。
為るようになるさ・・太った女は素裸になった男を見つめ、意を決した。
「こんな所においてちゃ濡れるよ。」
女は水を浴びる男に近寄り、男が脱ぎ捨てた服やら道具を遠くに運んだ。
ありがとう・・男はそれを意にも介さず礼を言った。
本当に兇悪な奴かね・・女は益々疑念を持ったが、こっそりとそこに集まってきた男達を見ると、もう止まらなかった。
やっちまいな・・女の声で五人ほどの男達が素裸の男に飛びかかった。怪我人も辞さずと考えていた女の予想は裏切られ、あっさりと素裸の男は捕まった。
「ズボンだけでも穿かせてくれないか。」
縄を掛けられながら男はそう請うた。
ズボンだけは穿かせて貰ったが、裸のままの上半身にビシビシと縄が掛けられていった。
男は縄尻を引かれて家畜小屋に入れられ、そこの太い柱に縛り付けられた。その間、彼の名前を聞く者などいなかった。
「やけに温和しいんじゃないか。」
太った女の夫が疑問を呈した。
「構うもんかね・・首にして持っていけば誰も解りはしないよ。
金五十だよ・・孫の代まで一生遊んで暮らせる。」
女は取らぬ皮算用か、ニヤニヤと笑った。
その夜、この村に初めての魔物が出た。
現れたのは大熊に載った獅子頭の魔物、ラッパを吹き鳴らしながら次々と村人を殺しまくった。
その妖力に何がどう反応したのか家畜小屋に縛り付けられた男が暴れ出した。その暴れ方は尋常ではなかった。ブチッと音がして荒縄の一部が切れた。それに続いてブチブチと荒縄がぼろ屑のように切れていった。
男が暗闇に響く咆哮を上げる。それに誘われたか村中に現れた魔物が増えた。インプやらバシンやら低級な魔物が次々と現れる。
村人の中でも力のある者はそれらの魔物にどうにか対抗していたが、ゲーティアと呼ばれる魔物までが現れるとそうはいかなくなった。そこへ白狼に率いられた狼の群れ、彼等が村人の窮地を救った。そして家畜小屋からドーンと大きな音が響いた。崩れ去った家畜小屋の瓦礫の中に立っていたのはあの手配書に似た男・・彼が腕を振ると、狼たちは右に動き、左に奔った。そして遂に彼が狼たちの中央に立った。
「プルソン。」
彼は一声放った。
呼ばれた魔物、堕天使プルソンの動きが一瞬止まった。
「貴方は・・」
その言葉が終わらぬうちにプルソンは塵となって消えた。
村人は彼を歓喜で迎えた。その輪の中で誰かが彼の名を訊いた。
「ルー・・・」
男は一瞬言い淀み・・
「ファス。」
と続けた。
「ルーファス・・貴方はこの村にとっての救世主だ。」
名を訪ねた男はそう続けた。
(ルーファス・・・)
口の中で男はもう一度その名を反芻した。
そこへルーファスを捕まえて報奨金に預かろうとした太った女と、その仲間達が引き出されてきた。
こいつ等・・村人達は棒を振り上げ彼等を打ち据えようとした。
「止めてください。私が手配書の男に似ていたから・・・」
ルーファスはそれを止めた。
魔物を斃し、村を救ったルーファスは村人達に歓待された。
村長の家に呼ばれ、豪華な食事と酒までが供された。そこに数人の村人も集まり宴会となった。その中の一人が、なぜ今まで出たこともない魔物が・・・と疑問を呈したが、それは回りの喧噪にかき消された。
翌朝になると、村長の家に泊まったルーファスは旅仕度を調えていた。
もう行くのか・・とか、後二、三日・・と言う村人達の声を振り切り、ルーファスは村の門に立った。
大した額ではないが・・村長はルーファスの手に幾ばくかの銀を握らせた。




