第三章 崩壊(12) 瓦解(4)
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「エラ様はいらっしゃいますか。」
リュークはログヌスの別邸を訪れていた。その足下にハーディには牙を剥いた猫たちが何匹もまとわりついてくる。
「何かあったのですか。」
大きな扉を侍女達に開けさせ、エラの声が聞こえる。その後、大きなベッドの上にはディアスが裸で寝そべっている。
「貴女には喜ばしきこと、そしてヘンリー様にとっては悲報が、南、レジュアスから届きます。」
「私にとって喜ばしきこと・・・」
「レジュアスが乱れました。
ヘンリー様がいないのを良いことに、王を追放し、軍と貴族の合議制の国が誕生いたします。」
「なぜそれが解るのですか。」
喜色を見せながらもエラが訊ねる。
「私の情報網は広うございます・・
その革命の後ろ盾はダルタン。
彼には祝いの品を贈っておきました。」
リュークの最後の言葉も良く聞かずエラは宮廷に向かった。
「何ごとだ。」
エラの慌てた様子にハーディの暗い声が玉間に響いた。
「レジュアスで政変が起きました。」
「誰に聞いた。」
「司祭様に。」
「そうか、ならばその話、誠であろう。だが、今暫く伏せておくように。」
この機会に一気にヘンリーに取って代わろうとしたエラの欲望はハーディの言葉であっさりとしぼんだ。
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南西の門からもう一隊、騎馬隊が突撃を開始した。それらが敵を蹴散らすのを待ってもう一隊、この隊は敵を目指さず南を目指した。遠くその眼の先にドローアスの旗が見える。
「急げーッ」
声を掛けるその一隊の長の名はルーク、先に出たカインと同じダルタン塾の生徒だった。
アベル、十六歳。カイン二十一歳。ルーク十九歳。アベルは戦術に長け、カインは戦闘に強く、ルークは機転が利いた。いずれもダルタン塾の秀才。三人が力を合わせダルタンをロマーヌロンドに迎え入れた。
「状況の報告。」
会議室に入るとすぐにダルタンは主立った者を集めた。
オルト、ドローアス、そして最後にコリントが戦場の様子を報告する。
「ドローアス、南東の門には伏兵が居たんだな。」
それらの報告にダルタンが念を押す。
「北西の門の首尾は上々、南西の門の敵はほぼ蹴散らした・・そう考えて良いか。」
末席に並んだアベル達が頷く。
「報告は言葉でせんか。」
ダルタンがその三人に笑いながら大声を上げ、それにあわせ、はい。と三人が声を上げた。
「良し・・パリスは儂がここに戻ったことをまだ知らぬ。その間に敵に痛撃を与える。」
ダルタンの声にそこに居並ぶ皆が肯く。
「コリントは南東の門に移動、そこから火矢を放て。」
「敵はどこに居るのか解りませんが。」
「手当たり次第で良い。
敵が火に怖じ気づいた所でカインとルークの隊で進撃。」
はい。と名を呼ばれた二人が逸る言葉と伴に起ち上がった。その袖をアベルがそっと引き止める。
「アベルの隊は南西の門から出て敵を撹乱、その後をドローアスの隊で殲滅。」
名を呼ばれた者達が応と声を上げる。
「オルトは今まで通り北西の門で闘い。残った者達の三分の一で北東の門を死守。後はそれぞれの隊の援護。
戦いは勝った。城壁に狼煙が上がるまで圧しまくれ。」
ダルタンの最後の言葉に皆がザッと起ち上がった。
夕刻近く、ロマーヌロンドの城壁から赤い退き上げの狼煙が上がった。
ダルタンはその狼煙を見届けると自室へと引き揚げた。
疲れた・・それが感想だった。
齢六十を迎えた、もう若い時ほどの無理はきかぬ歳になっていた。
「全軍の退き上げが完了したら声を掛けよ。」
ダルタンは従者に声を掛け、侍女に食事を所望した。
「これは・・・」
自室に入ったダルタンは一本のワインの瓶を取りあげ侍女に尋ねた。
さあ・・・
訊かれた侍女は首を傾げた。
「グラスを・・」
ダルタンはグラスに注がれたワインを飲み干した。
アベル、カイン、ルーク等のダルタン塾の生徒。苦楽を伴にしたオルト、ドローアス、コリント。
皆がダルタンの私室に入った。そこには冷たくなったダルタンの亡骸が・・・・
泣いた・・泣いた・・・
涙が止まらなかった。
そこにさらなる悲報・・モアドスのリュービーの軍が国境を越えた。
「これは・・・」
遺体に取り付いていたアベルが一枚の紙切れを握っていた
「ダルタン先生の懐から・・・・」
その書にはモアドスによるネオロニアスの併呑の件が書いてあった。




