第三章 崩壊(11) 瓦解(3)
一方ネオロニアス、ここにもストランドス軍が押し寄せていた。ドワーフのドローアス、オークのオルト、彼等は戦闘には強かったが全軍を纏める力はなかった。辛うじて戦術を操れるのはコロポックのコリント。だがその戦術も稚拙に過ぎなかった。逸るドローアスを抑えきれず野戦に打って出た。結果は散々、戦術に長けたストランドスの軍に敵しなかった。
傷を負った人が、ドワーフが、コロポックが城門をなだれ込んでくる。こうしてダルタンの帰り道は塞がれたかに思えた。
顔のあばたの元になった若い頃の熱病のせいでダルタンは子を持てなかった。その代わりにダルタンは若い者達を集め私塾を開いていた。その中でもその才能を特に愛でたのがまだ少年と言っていいアベル。急遽、彼が指揮を執りだした。
「まず守りを固めます。しかし、街城だけでの守りでは駄目です。全城を包まれダルタン先生の帰り道がなくなります。」
コリントが真っ先にそれに肯いた。
「オルトさんは外に出て城門の前で敵を受け止めてください。その援護は城壁からコリントさん。
敵が乱れたらドローアスさんがそこに殴り込んでください。」
「乱れなかったら。」
ドローアスが疑問を呈する。
「必ず乱れます。」
「なぜ解る。」
「私が騎馬隊を率いて敵の後ろを突きます。」
「孤立するぞ。」
今度はオルトの声。
「心配ありません。すぐに戦場を離脱して戻ってきます。」
「その間の町の守りは。」
「敵の攻撃正面になるのは南西の門だと推測します。」
「なぜそれが解る。」
もう一度ドローアス。
「敵はダルタン先生が帰城しないように作戦をたてるはずです。となればそれを阻むにはこの町の南西を塞ごうとします。
ですからオルトさんには南西の門を守って貰います。
ドローアスさんは北西の門から打って出て貰い、残った二つの門はその他の兵で守って貰います。」
アベルの策にドローアス達三人が頷いた。
「全体の戦機を見るのはコリントさん、お願いします。」
しくじるなよ。とドローアス達は小さなコリントの頭を小突き、笑いながらそれぞれの持ち場へと散った。
アベルの読み通りストランドス軍は南西の門から攻めてきた。オルトはオークの軍を率いその正面に立った。城壁の上からは敵軍に向け惜しげもなく矢が飛んでいる。それでも進んでくる敵歩兵隊をオルトの軍が受け止めた。一進一退の攻防の中、突然敵の中軍が乱れ、それが前線まで伝播した。その隙を突いて戦前の予定通りドローアスの隊が北西の門から殴り込み、これによって戦線は大きく動いた。オルトとドローアスは追撃線に移ろうとした。が、そこに退き鉦が鳴った。
「なぜだ。」
ドローアスは不満顔で城内に退き上げてきた。そこにはアベルがニコニコと笑いながら立っていた。
「誰が退き鉦を。」
「私が打たせました。」
火でも噴きそうに真っ赤な顔をしたドローアスにアベルがあっさりと応えた。
「あのまま押しまくれば勝てたはず。それなのになぜ退き上げさせた。」
「勝てたかもしれません。ですが負けたかもしれません。」
「負けるだと。」
「私達はこの町を護らなければなりません。ドローアスさんの軍とオルトさんの軍で会わせて三千、それに対し敵は一万、万が一のことも考えなければなりません。
ダルタン先生の帰還を待ち、リュビーさんに情報が届くまで、万が一の負けも許されません。」
アベルの理路整然とした言にドローアスは口を閉ざさざるを得なかった。
「明日はどうするんだ。今日と同じか。」
「いいえ、明日は守りに徹します。」
「今日の作戦では・・・」
ドローアスとアベルの会話にコリントが割り込んだ。
「明日になれば敵は私の騎馬隊に備えます。奇策は二度は成功しないものです。」
アベルの言通り翌日は守りに徹した。が、ドローアスはそれには飽き足らず、相手の隙を見てはたまに打って出たりした。その翌日も戦況は変わらなかった。
四日目を迎えるに当たりアベルは新たな指示を出した。
「北西の門の上で火を熾して坩堝で鉄屑を溶かしてください。
オルトさんの軍は北西の門を守り、コリントさんの軍は南西の門の城壁で弓陣を構えてください。ドローアスさんは南東の門から出て何処までもタキオスを目指してください。明日辺りダルタン先生が帰ってきます。それを助けて入城させてください。」
「そう上手くいくのか。」
「今までのストランドス軍の城攻めは陽動です。南西の門に注意を向け手薄になった他の門を攻めるはずです・・私ならそうします。」
ドローアスの懐疑の声にアベルは明確に答える。
「敵はタキオスからの最短の南西の門を先ず攻めました。
ダルタン先生も情報網はお持ちです。当然南西の門が激戦地になり帰りづらい事はご存じです。そうすると今までずっと手薄だった南東の門を目指すように敵は仕向けます。
敵の狙いはその一点、ドローアスさんは南東の門を出でて帰りは南西の門・・間違わないでください。そこにダルタン先生を誘導してください。」
その数日前、リュビーはきな臭ささを感じていた。
一鞭当ててみるか・・自分の勘を確認する為にストランドスとの国境に兵を派遣した。
案の定ストランドスの抵抗は弱い。
ネオロニアスとの国境だな。リュビーはすぐに感じ取ってカールフに出向き、そこに駐屯する軍に国境を越えさせた。
「敵が動いたらすぐに帰って来いよ。」
リュビーは笑いながら軍を送り出した。
「早過ぎる。」
モアドスとの国境が破られたと聞きパリスは悩んだ。このままネオロニアス攻撃を続けるべきかどうか・・
ロマーヌロンドに戻ろうとするダルタンを亡き者にするのが最優先・・と息子イグニスは続行を主張し、パリスはそれに乗った。但し、モアドスとの国境にはイグニス自身を向かわせた。
「慌ててやって来たか。」
カールフに帰ってきた部将から情報を集めてリュビーは笑った。
「全面戦争は避けなければならないが、牽制は続ける。
敵が緩んだら押す。押したらすぐに退く。それを続け、この戦線を膠着状態にするぞ。」
リュビーの言通りイグニスはモアドス、ストランドス国境に釘付けになった。
その上ダルタンがタキオスを出る前に授けた策でタキオスからの攻勢の姿勢を見せられ、パリスはロマーヌロンドに大兵を送ることが出来なくなった。
その間隙を縫ってダルタンはロマーヌロンドを目指した。少し進むと斥候を出し、慎重に慎重に歩を進め、遂に遠くにロマーヌロンドを望む所まで辿り着いた。
ロマーヌロンドに於けるその日の攻防は、アベルの読み通り先ず南西の門から始まった。が、それは見せかけ、すぐに主戦場は北西の門に移った。あろう事かその門は八文字に開いていた。これを幸いとストランドスの兵がなだれ込む。だが幾ばくかの兵を入れるとその後にはドロドロに溶けた鉄の雨が降ってくる。人なのか鉄屑の塊なのか解らないものがもの凄い悲鳴を上げて駆け回りバタバタと倒れる。門内に入った兵達は孤立してオルトの隊に囲まれこれも殲滅される。
その二つの悲鳴を遠くに聞きながらドローアスの隊は手薄なはずの南東の門を出た。
敵が潜んでいます。と、ドローアスの部下が小声で告げる。
構うな。狙いは俺達ではない。ドローアスはこれも小声で返し先を急いだ。
それと同時期、アベルは南西の門を出て騎馬隊の突撃を開始し、コリントの矢に射られ浮き足立っていた敵を蹴散らした。
だがそれは敵将にとって思うつぼの闘いだった。激戦を繰りひろげるている南西の門にはダルタンは帰れない。かといって戦場を迂回してわざわざ北東の門は目指さず、当然南東の門を目指す。
ロマーヌロンドを攻めた将はほくそ笑んだ。
「ドローアスだ、旗を振れ。」
小高い丘から戦場を眺めていたダルタンは傍らの部下にそう命じた。
ここにダルタンの人数とドローアスの隊が合わさった。
「南西の門へ。」
ドローアスが声を掛ける。
「南西・・・南東ではないのか。」
「アベルの策です。現に南東の門には敵の伏兵がいます。」
よし・・大きな声を上げ、ダルタンはドローアスに従った。




