第三章 崩壊(9) 瓦解(1)
ストランドスの老侯パリス、その情報網を担う侯子イグニス、この親子は策に長けていた。その二人がダルタンの留守を知るとタキオスに手を出した。
タキオスの主将に任命されていたサナットは焦った。焦って失策を犯した。ローヌ川の北に兵を出した。それは嘗ての大戦でのレジュアスとストランドスの協定に反するものだった。
口実は出来た。パリスは大軍を南に向けた。その数二万。その報を聞きサナットは五千の守兵の内から二千を川北に出していた軍にタキオスに帰るよう命を発した。背を見せた軍にストランドスの先鋒隊が襲いかかり、タキオスの城門を潜った者はその半数に過ぎなかった。
恐れを成したサナットはタキオスの城門全てを固く閉ざした。そこにやって来たのはヘリオスが送った援軍、バッケイが率いる三千の軍。が、サナットはその援軍に対しても門を開くことはなかった。
バッケイは門の外から門を開くようにサナットに声を掛けた。が、
「ここタキオスの主将は俺だ。
俺はヘンリー王によってここを任されている。
王の命令以外きかぬ。」
そう言って頑として門を開くことを拒んだ。仕方なしに。バッケイはタキオスの西に防御の為の陣を敷いた。
タキオスにあるサナットの軍五千とホリン共和国が雇った傭兵三千、それにバッケイに持たせた三千の兵が協力することによってタキオスを護らせ、エフェソスとタキオスの間にブルスの軍五千を置き、自身はエフェソスで一万の兵を以て戦場に睨みをきかせるというヘリオスの策はサナットによって脆くも崩れた。手持ちの兵から二千をバッケイの元に供出し、ブルスの軍をタキオスの東に、自身はエフェソスを出て野戦の陣を構えた。この形ではエフェソスの守備が・・ヘリオスは頭を悩ませた。かといってレグノスの守備につくグラントを呼び寄せるわけにもいかなかった。
ヘリオスが危惧したとおりパリスの一軍は大きく西に迂回し手薄なエフェソスを衝こうとした。その時に辛うじてダルタンの帰還が間に合った。モアドスとの国境には二万の軍を配していたストランドスもダルタンが居ないネオロニアスに対しては手薄だった。
ダルタンの帰還を知りパリスはタキオスから一気に兵を退いた。それでもホリンは言うに及ばずレジュアスにも疵痕は残った。ホリンの商都タキオスには当然闘いそのものによる破壊の跡が残り、レジュアスは貴重な兵士を失った。
「あそこまでとは・・・」
レグノスではハンコック達が頭を抱えていた。それはサナットのことだった。
そこにダルタンが訪れて来た。
「サナットも切ったらどうだ。」
「それは・・王が何というか。」
ハンコックの言は歯切れが悪かった。
「以前話した共和制の件、真剣に考えてみてはどうだ。そうすればヘンリーの目を気にすることなく事を行える。」
これにはハンコックは考え込むだけだった。
「民も歓迎すると思うが。」
ダルタンはその姿にたたみ掛けたが、五十年以上王に仕え、その王の考えを具現化することだけに精力を注いできた。仕えた王、ヘンリーまで三代。当然ハンコックには葛藤があった。
「軍事革命では・・・」
悩むハンコックの横からグラントが声を上げた。
「ヘリオス様を中心とした軍事革命・・・」
「まずは軍政を敷く・・か。」
ダルタンがそれに手を打った。
自身が仕えてきた王国を自分の手で潰す・・ハンコックには忸怩たる思いがあった。が、遂にそれに首を縦に振った。
「ヘリオスに手紙を書いてくれ。帰りに彼に会って話しをする。」
ダルタンはすぐにも事を進める為にハンコックの行動を促した。
ダルタンの訪問にヘリオスも悩んだ。彼は若くしてフラビヌスの後継者として前王アーサーに見いだされた。その王家を裏切る。どうしても決断がつかなかった。
「怠惰な王が先か、それとも前王が護った民が先か。」
ダルタンはその態度に大声を上げた。
「それは・・・」
ヘリオスが言い淀む。
「このままでは国自体が潰れるぞ。」
ダルタンが尚も大声でたたみ掛け、ヘリオスは涙を零しながらその声に頷いた。
ハンコックの子ステリアはその歳既に二十歳を超えていた。今まで表舞台には立たなかったが父を補佐し、父の教育、本人の精進もあってひとかどの政治家への道を突き進んでいた。
ダルタンがレグノスを去って三日、ステリアは父の元に呼ばれた。
「お前はヘンリー王をどう思う。」
「王として敬うべきではありますが、国を保つにはどうかと。」
ハンコックの質問にステリアは即座に答えた。
「お前もそう思うか・・・」
そう言ってハンコックは目を伏せた。
ステリアがハンコックの執務室を下がる時、ハンコックはこれ見よがしに机の引き出しに書き付けを入れた。
ハンコックはサナットにタキオスの主将の任を解く旨の書簡を送った。それを受け取ったサナットは激怒し、ヘンリーの寵愛をかさにレグノスへの強訴の兵を募った。が、それに応じる者はほとんど居なかった。その状況を受けサナットはヘンリーの元に早馬を送り、その上で自身の本国であるレジュアス方面への守備を固めた。
それから十日、突然ヘリオスの軍が武装のままレグノスになだれ込んだ。その兵達は手に手に立て札を持ち、それがレグノスのいたる所に立てられた。
何て書いてあるんだ。・・町人がそれに寄り集まり、字を読める者にその内容を訊いた。
その内容はヘンリーの様々な罪状を数え上げたうえでヘンリーには統治能力がないと断じ、今後は合議制の軍政に移行すると書いてあった。
ヘリオスはグラント、バッケイを従えてそのまま王宮に入った。
ハンコックの子ステリアは大慌てで父の執務室に駆け込んだ。
父はこの騒ぎを知らぬのか、机に突っ伏して寝ているようだった。
「父上・・・」
ステリアは父を起こす為に彼の身体に触った。
冷たい・・父の身体を掻き抱く。
仰向けになったその口からは血が流れ、力を無くした手からはコロンと小瓶がこぼれ落ちた。
悲しみと動揺・・・がこの事態にステリアには啼いている暇はなかった。
父はなぜ服毒など・・・
数日間の父の行動を考える。
机・・その引き出しに父は何かを入れていた。
慌てて引き出しを開ける。そこには自分に当てた父の書簡があった。
“ステリア、お前がこれを読んでいると言うことはヘリオスの軍事革命が起きたと言うこと・・そして私はもうこの世には居ない。”
書簡はそう書き出してあった。
“この軍事革命は私も承知のこと。慌てるには及ばん。”
父もこれに荷担を・・ステリアは先を読み進めた。
“私は三代の王に仕えた。先々代の王に見いだされ前王アーサーと共に育った。
アーサー王は覇権欲が強かった。が、時それにあらず、常に悶々として過ごした。その間に子をなし、息子ヘンリーを溺愛した。
私も王ももう少しヘンリーに厳しく当たれば良かった。が、アーサーの愛がそれを許さなかった。
知っての通り・・私達は育て方に失敗した。このままでは国が潰れる。私は心を鬼にしてこの軍事革命を認めた。
二百数十年続いたレジュアスを潰すことを私は死を以て前王に詫びなければならない。”
ステリアは溢れ出す涙を袖でぬぐった。
もう一枚に書かれていたのは今後の政治のあり方、軍部との折り合い、そしてハンコックが目をつけていた貴族達の名が書き記してあった。
「そう言うことだ。
まさかハンコック殿が自害するとまでは考えなかったが・・・」
いつの間にここに入ってきていたのか後からヘリオスの沈痛な声がした。




