第三章 崩壊(7) 一瞬の出会い(3)
その翌日、セイラは監禁房の扉を開けた。そこには高熱にうなされる男が横になっていた。槍に毒でも塗られていたのかセイラの手当の甲斐もなく、彼の肩は布の下でもそれと解るほど大きく腫れていた。
セイラは傷口を被う布をはぎ取った。
そこは紫色に腫れ上がって傷口は化膿し、そこには数匹の蛆虫さえ這っていた。
私の力では・・・セイラは心の中でウシャスを呼んだ。が、ウシャスは現れない。
もう一度・・それでも同じだった。
「お湯を沸かして、それに度の強いお酒、果実酒は駄目よ・・・」
セイラは連れてきた侍女達にてきぱきと声を掛けながら、腐りかけた傷口に這う蛆虫を手で払った。
監禁房までセイラを案内してきたボルスはそこまでして、とも思ったが、セイラはどうしても自分を犯した男の素性が知りたかった。
それは自分の欲求と言うより、何だかの力に圧された使命のように感じていた。
十分ほどで侍女達は指示された物を手に戻ってきた。
「私はお薬を取ってきます。それまでにこの人の傷口を綺麗にしていて。」
尻込みする侍女達に処置を教え、セイラは監禁房を飛び出し、その勢いに、何ごと。と三人教会騎士が追いかけてきた。
「いい所に来たわ。あなた達も手伝って。」
セイラは駆けながら彼等に声を掛ける。
「一人は監禁房のあの人の隣部屋で火を熾して、後の人はついてきて。」
首を傾げる教会騎士に声を掛け、セイラは後宮にある自分の薬剤棟に走った。
薬剤棟に着くとセイラは一人には馬を取りに走らせ、もう一人には指示を出し、薬剤やら薬草やらを揃えるのを手伝わせた。
そこへ、馬、準備できました・・と、教会騎士が一人飛び込んできた。
「あなた達はこれとこれと・・・・」
と指示し、セイラは物が入った籠を手に、馬に飛び乗った。
「火は熾してある。」
監禁房に着くとセイラは先ず隣の部屋を覗き込んだ。
火を確認するとセイラは鍋に湯を沸かすように指示を出し、籠を手にしたまま男がいる監禁房に入り、監守にテーブルを構えさせその上に重そうな籠を置いた。
「傷口は綺麗にした。」
恐る恐る、布で男の傷口に触っている侍女に声を掛け、自分がその役を引き受ける。そして徐に懐から護身用の短刀を取り出した。
「セイラ・・」
ボルスの強い声より早く、セイラは男の衣服を切り裂いた。
ずたぼろのようになった男の服をセイラが脱がせていく、それは上半身だけでなく下半身にまで及ぼうとした。
「後はお前達が。」
ボルスの声がそこに立ち尽くす侍女達を促した。
「裸にしたら身体全体を綺麗に拭いてやって。」
指示を出してから、セイラはボルスを見やった。
「広い部屋は空いている。」
「あるにはありますが・・・」
ボルスがセイラの問いに答えると、
「そこに案内して。」
と、彼女は残った二人の侍女を連れてボルスの後に続いた。広い部屋・・監房長の部屋に入るとセイラは侍女にそこを片付けさせた。男達にはベッドと人一人を寝せれる大きなテーブルを持ってこさせ、その上に清浄な布を敷いた。
「あの人をここに運んできて。」
男がそこに運び込まれるのとほぼ同時に、薬剤棟からたくさんの荷物を持った二人のテンプルナイトがそこに着いた。
セイラは火を除く全てをそこに整えさせた。薬湯が出来上がり、薬草などを擂り潰した練り薬が出来上がると銀皿に度の強い酒を入れ、それに剃刀や鋏や小さなナイフを浸し、そこに火をつけた。
「腐りかけた患部を取り除きます。」
銀皿の火が消え、手で持てるほどに冷めるのを待ってセイラは剃刀を手にした。
口うつしに薬湯を飲ませると、傷口を強い酒で消毒し、紫に変色した傷口にサクッと剃刀を入れそこを開いた。
黄色い膿が腐った臭いと伴にそこから溢れてくるのを小さく切った布でぬぐい取る。
「ナイフを・・」
膿をほぼ出し切るとセイラは変色した傷口をナイフでえぐり取っていく。その痛みに耐えかねたか男がビクッと痙攣する。
「手足を押さえて。」
セイラは教会騎士達にも指示を与えた。
侍女達も教会騎士達も青白い顔をし、今にも胃の内容物を吐き出しそうな呈に見えたが、セイラはそんな事にはお構いなしに手を動かした。
二時間近くの施術を終え、患部に練り膏薬を塗り終えたセイラはぬるま湯で手を洗いながら、
「後は包帯を巻いていて。」
と、元気そうな侍女に促し、その後に疲れ切ったようにドスンと椅子に腰を下ろした。
緊張の糸が解けたのか、侍女達も教会騎士達も口を押さえ洗面所に走り込んだ。
「あんな事をしなくても。」
誰も居なくなった部屋でボルスが汗ふきのタオルを差し出しながら、セイラを覗き込んだ。
「出てきてくれないの。」
「何がですか。」
「ウシャス様が。
この間のことがあってから・・・」
「居なくなったのですか。」
「いいえ、私の中に確かに居ます。その存在は感じます。が、呼びかけても応えてくれないの。」
「それでは貴女の力は・・・」
「白魔術の力はまだあります。ですがウシャス様の力を借りなければ、あんな風に今にも死にそうな人を助けることが出来ません。
だから・・・」
「思い切って施術をした。」
ボルスの最後の言葉にセイラが頷いた。
監房に止まると言うセイラをなだめ、すかし、時には怒りも叱りもして、どうにか彼女を後宮に帰したボルスは、その足で政治所である枢密院に戻った。
「ひどくバタバタとしていたようですが。」
「あの男が死にかけました。それをセイラ様が助けた。」
ボルスはウシャスが現れないというセイラの言葉は隠し、他はその様子をそのまま伝えた。
「後は・・・」
「待つしかあるまい、あの男の回復を・・・」
枢機卿達の意見はそこに纏まった。
セイラは毎日、監房に通いボルスはそれに付き添った。
「お疲れではありませんか。」
「少し・・・」
「ウシャスは現れずとも白魔術を使えば・・」
「いいえ、普通の人間として自分の力だけでやります。時間はかかりますけど。
それに・・・」
「それに。」
「私の技術を侍女達に教えたいの・・興味を持っている人も居ますから。」
セイラとその侍女達の手厚い介護によって、男の意識はまだ戻っていなかったが、徐々に快方には向かっていた。
「あの人・・・」
「意識はまだのようですな。」
「いいえもう一人の・・私を・・・」
セイラは自分を犯した男の事を言おうとしているらしい。
「名前はルードって言うの。」
「何処でそれを・・・」
「怪我していた方の人がそう呼んでいたの。」
「どんな男でした。」
「私に似ていた・・それに色は黒かったけど胸に同じ痣が・・・」
「そんな・・・」
兄に犯されるとは・・・ボルスは絶句した。
「どうしたの。」
そんなボルスの貌を何も知らないセイラが覗き込んだ。
その様子を枢密院から派遣された一人の侍女が盗み見していた。




