第二章 黒い影(30) 没落(2)
× × × ×
ヘンリーは昼間から酒臭い息を吐きながらログヌスの街中を歩いていた。お付きの者は三人。彼等もまたそのおこぼれに預かっていた。
ログヌスに来て既に半年、レジュアスからは帰国の催促が矢のように飛んできていた。が、ヘンリーはまだここログヌスに留まっていた。
昼近くまでベッドに寝そべり、隣には女の姿もあった。昼前の目覚めにも係わらずいつも温かい朝食をとり、それから湯を使う。湯殿の中には女が居たりいなかったり・・それから軽くワインを数杯引っかけ、街中へ出る。美食を重ね満足するとそれからはその夜の相手の女捜し、三人の従者達は腰巾着のようにそれについて回った。
駄目な王でも王は王、レグノスからは再三の帰国願いが来ていたがヘンリーには一向に帰る気配はなかった。そんな様子をエラは笑って見ていた。
今ではエラと伴にハーディもヘンリーを甘やかした。彼が何をしようとハーディがそれを全てもみ消した。
「一度帰ったら如何ですか。次に来られた時はもっと楽しめるようにしておきますよ。」
ある日ハーディはヘンリーを王宮に呼び、そう奨めた。
「約束できるか。」
「お約束しますよ。」
ハーディは笑顔でそれに答えた。遂にヘンリーはログヌスを出た。が宿場町レンドールで遊び、やっと峠を越えたのは一ヶ月後だった。さすがに居心地が悪かったのかリュビーが治めるモアドスは早々に出、ロマーヌロンドではダルタンに追われるように送り出された。しかしホリンに入ると遊びの盟友サナットがそこに待っていた。ここでまた一月、ようやくレジュアスに帰ったのはログヌスを出て四ヶ月後だった。
そこで待っていたのはヘンリーにとっては苦行のような仕事、外交に頭を悩ませ、解りもしない政治の裁可を与え、経済の報告を聞いた。ただ軍の閲兵をする時だけは吾が部下の強大さに悦に入っていた。
レジュアスに於いてもヘンリーの怠惰さは直らなかった。女を追いかけ回し、酒を煽った。希にはタキオスからサナットがやって来てその遊興は懶惰を極め、その姿に民の心は益々ヘンリーから離れた。
× × × ×
任地に旅立つ前にロブロは一ヶ月の猶予をハーディに貰っていた。その間のロブロの行き先はホーリークリフ。そこには女神サラスヴァティに匿われたユングの娘ジュリアがいる。ロブロにとってデントルと名付けられた辺境の地への追放はかえってありがたかったのかもしれない。
ニクスからヴィンツとロゲニアの戦力範囲の間を通ってホーリークリフの麓にロブロは着いた。
「何者だ。」
その前に浅黒い肌の全身に青い刺青を入れた十二歳、三の少女が立ちはだかった。
「待て。」
そこに野太い男の声。その男は三つの顔を持っていた。
「バルディオールが言っていた男だ。
大方あの娘を迎えに来たのだろう。」
三つの顔の男はにっこと笑って女の肩を叩いた。
「あなた方はジュリアを・・・」
「護っていた・・今日まで。
我等を救ったあの男、バルディオールの頼みだったからな。」
「ジュリアは・・・」
「ここに居ます。」
三面の男の後から美しい声が聞こえた。
サラスヴァティ様・・その声に男が跪く。
美しい女神の横にはこれも美しい少女が立っている。青く澄んだ眼は子供の頃のユングにそっくりだった。
「私はここから帰るとすぐに旅立ちます。
行き先は辺境の地、そこに貴女をお連れしたい。」
ロブロはじっと少女の眼を見た。が、少女は首を横に振った。
「海の向こうには貴女の叔母様にあたる方がいます。
貴女の父ユング様の姉君シーナ様です。」
その言葉に少女の目がきらりと輝いた。
「その方にどうにか連絡を取り、貴女を引き取って貰います。」
今度は不安そうな少女の眼。
「ここに居ては危険です。貴女の父ユング様は邪神に与した者とみられています。それがユング様の心に適わなかったとしてもです。
今、ここミッドランドは邪神と戦った者達で満ちています。それに・・・」
ロブロはそこで言葉を切った。
ジュリアはサラスヴァティの眼を見、サラスヴァティはそれに肯いた。
「必ず連絡は取れますか、そのシーナという方と。」
「私の命に替えても。」
ジュリアの声にロブロは強く頷いた。
ロブロは都にいる知る辺全てに挨拶を済ませログヌスを旅立った。
宿場町レンドールに待つのはジュリアとそれを護る羅刹族の少女アグウィ。ロブロはこの二人をデントルに連れて行こうとしていた。
そんな中、ハーディがつけてくれた五百の兵とは別に先の大戦でユングの後ろを衝いた、父が残してくれた兵の中から精鋭三百が三々五々各地から集まっていた。それに加えジュリアとアグウィの隣には、人の姿をしたトリグラフまでが彼の愛馬に跨がり待っていた。
「暫くご一緒せよと・・あの方のご命令です。」
トリグラフはロブロに軽く会釈をした。
力強い味方が増えロブロは全軍を閲兵し、その際ジュリアを母違いの自分の妹だと全軍に紹介した。
兵力の増強に力を得たロブロは峠を越えモタリブスからハルーンが治めるロンダニアの首府トポリに入った。
ハルーンはロブロを歓待した。その後、魔の泉イズールの北までロブロを送り、その上二百の騎馬隊を彼に与えた。
任地に入ったロブロは先ず現地を見て回り、北西の山沿いに開拓の基礎となる村を造ることにした。
軍資金はハーディに貰った金二百と子飼いの部下達が持ち寄った金合わせて二百五十。その金を元手に村を造る。まず逆茂木の塀を作り、蛮族に備える。
次にロブロがしたのは蛮族、バルバロッサの調査。男だけかと思っていたバルバロッサの中には女もいることが解った。村には女も必要、その女達をどうにか村に取り込めないか。ロブロは考えた。
女は元々安定を好むもの・・ではこの村を確固たるものにする。ロブロはそれに力を注いだ。だが村が安定するとその蓄えを狙ってバルバロッサが跳梁する。それに対抗するのは兵、ハーディから与えられた兵、父が残してくれた兵、それにハルーンから貰った騎馬兵、それぞれがよく働いた。が、徐々に不満も漏れてくる。女も居ず、金も支払われない生活に最初に不満を漏らしたのはハーディに貰った兵、それが少しずつ兵全体に拡がっていく。父子飼いの兵達に動揺はなかったがハルーンから貰った騎馬隊には揺らぎが見え始めた。それを収めるのは戦いしかなかった。突然ロブロはバルバロッサ攻めの号令を発した。
領地という概念がないバルバロッサは手強い。負ければあっと言う間に逃げ出し、勝てば嵩に懸かる。これほど扱いにくい相手は居ない。そんな相手に戦いを挑む。そうしなければ村の存続が危うくなる。ロブロ自身は村の建設に当たり、戦いの指揮はハーディが渡した兵の中から戦術眼がありそうなルーリッヒと言う男に任せ、ハーディからの兵五百を任せた。
ルーリッヒは自身が二百の兵を直接指揮し残りの三百を三つに分けた。
ルーリッヒはしばしば南西に川を渡りバルバロッサに戦いを仕掛けた。勝てばその物資を奪い取り自分等の蓄えとした。ルーリッヒ達は山を降り砦と称した新たな群落を築いた。彼等の元にはたまに女も拉致されてきた。女は兵達の慰み者となり自害していく者も居た。
その間、ロブロの村造りは進んでいた。新たな人夫が雇い入れられ、それに伴って女達も村に入ってきていた。
「あの兵達は。」
ある日アグウィがロブロに訊ねた。
「勝手にやらしておく。」
「不平分子を切り捨てますか。」
そこにはトリグラフも立っていた。
「いいえ、切り捨てるわけではありません。帰ってくる者も居るでしょう、それを待ちます。」
「騎馬隊は俺が、歩兵隊の内二百はアグウィが掌握した。
残りの百人の隊はこの村を護る最後の砦として貴男の手元に置きなさい。」
トリグラフの声にロブロは頷いた。




