心の準備
Secret Gardenを出た後、夕暮れの街を歩きながら、詩織は携帯の画面を開く。久しぶりに予定表が青春らしい約束で埋まった。日曜日、直人が来る。
「南の島のバカンス、か」
ホームに向かう階段を下りながら、詩織は少し笑みを浮かべる。心のどこかでは、こんな約束を待っていたのかもしれない。いつもクールな自分が、なぜか期待に胸を膨らませている。
「あの子が、術を使うんだ」
電車に揺られながら、詩織は窓の外を見つめた。最近の直人は何か変わった。祖父の遺品整理から見つけた手記の話をする時の表情。結衣との実験のことを語る時の戸惑い。そのどれもが、いつもの後輩らしくない、不思議な魅力を持っていた。
「術が効くかどうかは、本人が望むかどうかにかかってる...か」
その言葉を口にして、詩織は自分の頬が熱くなるのを感じた。心の奥で、静かな期待が膨らんでいく。
***
一方、直人の部屋では机の上に手記が開かれていた。
「相手の呼吸に意識を合わせる...」
暗記するように何度も読み返す。結衣との時は偶然かもしれない。でも今度は、きちんと術を使えるようになりたかった。
(なんでこんなに焦ってるんだろう)
額を押さえながら、直人は考える。詩織との約束は単なる実験のはずなのに、どこか特別な気持ちが込み上げてくる。
「失敗したくないな...」
呟きながら、もう一度手記を開く。夜が更けていくのも忘れて、直人は祖父の言葉に見入っていった。
***
自宅へ帰った詩織は、「ただいま」と小さく呟く。一人暮らしなのに、つい口から出てしまう言葉。でも、今日は少し違う気分だった。
ベッドに座り込んで、この夏号のファッション誌を開く。パラパラとページをめくると、カラフルな水着の特集が目に飛び込んでくる。この前、なんとなく立ち読みしたときに、思わず買ってしまったものだ。
「こういうの、かな...」
爽やかなストライプのビキニを見て、詩織は頬を赤らめる。可愛いけど大胆すぎる。こんなの、とても自分には無理。
次のページには清楚な白のワンピース水着。これなら着られそう...でも、直人はもっと露出の多いほうが好きなのかな。そんな考えが頭をよぎり、慌てて首を振る。
ラップスカート付きの水着のページで少し安心する。スカートで体型カバーもできるし、自分にはこのくらいが丁度いい。でも...せっかくの南の島。たまには思い切って、ビキニに挑戦してみる?
雑誌には「彼が喜ぶ水着の選び方」という見出し。目が釘付けになる。
「って、本当に着るわけじゃないのに!」
我に返って、詩織は慌てて雑誌を閉じ、枕の下に隠した。
窓の外は、星々が瞬き始める夜空に変わっていた。この夜、二人はそれぞれの場所で、同じ夢に想いを馳せていた。




