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◇◇
逃げ出す人々で溢れかえった王宮の門をを逆行しながらくぐった、私、シャルロットとリゼット。
宮殿に入る前に中庭の横を通ったのだけど、かなり荒らされているのが遠くからでも分かる。
でも滅多に人が入らない中庭を寄り道している暇はない。
「リゼット。急ぐわよ!」
「はい!」
私たちは転がるようにして玄関を抜ける。
煌びやかだったロビーの内装がめちゃくちゃに破壊されているのを目の当たりにして、二人して絶句してしまった。
「本で読んだことはあったけど、これほどとは……」
「シャルロット様。ここまできたらどこに悪魔が潜んでいるとも分かりません。もし目の前にあらわれたら……」
「ええ、分かってるわ」
悪魔は時間の経過とともに『呪いの衣』におおわれる。
完全に『呪いの衣』でおおわれた悪魔には、剣や魔法が通じなくなってしまうのだそうだ。
女神イシスには触れただけで『呪いの衣』をかき消す力があるという。つまり私にも同じ力があるはずだ、とリゼットは言っていた。
だから目の前に悪魔があらわれたら、なんとかして悪魔の体に触れる。
そうすれば後はリゼットがどうにかしてくれる。
「リゼット。先を急ぐわよ。これ以上、好き勝手はさせない」
「はい。しかしいったいどこにいるのやら……」
リゼットがキョロキョロと周囲を見る。
たしかに悪魔が今どこにいるか分からない。
「ねえ、もし裏をかかれて街の方へ向かっていたらまずくないかしら?」
私がリゼットに問いかけた直後、前方から鋭い声が響いてきた。
「悪魔は王妃の部屋!! クロードからの伝言!!」
はっとなって目を凝らす。
そこには真っ赤に目を腫らしたアンナが肩で息をしながら一人でたたずんでいたのだった。
◇◇
悪魔の正体は国王エルドラン――。
アンナが教えてくれたことが真実であるのを示すように、お父さまの部屋の周りには衛兵たちの無残な亡骸が転がっていた。
でもそれ以外に倒れている人は見かけない。
「クロードが一人で食い止めたから」
クロードが悪魔と戦っている間、アンナはマルネーヌの館へ急行し、みんなを逃がしたらしい。
その後急いで宮殿に戻ると、クロードが彼女に告げたそうだ。
「悪魔は王妃の命を狙っている、と」
お父さまの意識はまだ残っている。けど体を支配しているのは悪魔だ。
目の前で愛する妻を殺して、お父さまを苦しめるつもりなのね。
そんなこと絶対にさせるものですか!
ん……?
そう言えば……。
「クロードはどこで何をしているの?」
ローズお母さまの部屋に向かっている間にアンナへ問いかける。
すると彼女は苦しそうな顔をしながら、さらりと答えた。
「逃げ遅れた執事をかばって悪魔の魔法を真正面から受けた」
「え?」
思わず私の足が止まる。
アンナも立ち止まり、肩を震わせながら続けた。
「倒れて動けなくなった。だから私にご主人様への伝言を託したの」
ドクンと心臓が脈打つ。
ローズお母さまの部屋はすぐ目の前。
「グオオオオオオオ!!」
おぞましい悪魔の雄たけびも聞こえてきた。
今すぐにでもドアを開けなくては、ローズお母さまの命はない。
それなのに……。
足が一歩も前に出ない。
「シャルロット様……。心配なのは分かります。でも今は王妃様をお救いにならなくては……」
リゼットが私の肩に手をかける。
私はその手を乱暴に振り払った。
「クロードが死んじゃうかもしれないのよ!! そんなの絶対に嫌!! アンナ! クロードがどこで倒れたのか教えなさい!!」
アンナは唇を震わせながらも、かすれる声で答えた。
「中庭……」
宮殿にいた人々を逃がすためにクロードが中庭まで悪魔を誘導したのだろう。
私たちもすぐ横を通ったじゃない。
なんであの時、寄り道をしなかったのだろう。
決断を下した自分が憎い。
「クロードを助けるわ」
私のつま先が来た道に向く。
「シャルロット様。どうかお考え直しを!」
行く手を阻むようにして目の前に立ったリゼットに対し「そこをどきなさい!」と一喝し、私は足を前に踏み出そうとした。
でもその前にアンナの金切り声が響いた。
「行っちゃダメ!! 3日前、クロードと約束したの。ご主人様が胸を張って生きることができる場所を作ってやろうって。そのために、ご主人様が悪魔を倒して大切な人を救うのを手伝おうって。ここでご主人様が戻ったら、クロードの思いが無駄になる! お願い! ご主人様! どうか行かないで!」
顔が歪む。胸が苦しい。
なんでなの? なんで好きな人のそばにいったらいけないの?
私は好き勝手生きるって決めたのに!
どうして……。
どうして私が私を止めているの――?
――シャルロット。おまえこそが俺の居場所だ。こんな俺でも母さんに自慢できる唯一の宝なんだ!
クロードの声がよみがえった次の瞬間、私の中で何かがはじけ飛んだ。
そして……。
「うああああああ!!」
言葉にならない叫び声をあげながら、猛然と駆けていった。
ローズお母さまの部屋の中へ――。




