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◇◇



 ――おめでとうございます。ローズ殿。ご懐妊です!! 王太子エルドラン殿下のお子でございます!!


 

 酷い吐き気に襲われ、念のため病院で診てもらった時に医者が発した甲高い声が、20年近くたった今でもローズの耳にははっきりと残っている。

 

 信じられない……。


 喜びよりも先に困惑に襲われた。

 確かにエルドランとローズは愛し合っていた。

 しかし数日前に妹のソフィアの懐妊を知って、もはや何の希望も残されていないとあきらめていたからだ。

 ちなみに王妃争いに敗れた令嬢は『キズモノ』とされ、独身貴族からは敬遠される。

 だから金持ち商人の妾になるか、独身を貫くか……いずれにしても悲惨な末路しか残されていないと、ローズは覚悟していたのである。

 

 しかもソフィアよりも遅れて懐妊が分かったのに、予定日は同じ日だという……。


 昔から疑り深く、そのうえ勘の鋭い人だったローズ。

 エルドランにそれとなく探りを入れた。

 

 ――前にも言ったはずだ。俺は君を幸せにすると。

 ――でもこんなにも都合良く、妹と同じタイミングで懐妊するものでしょうか?

 ――何が言いたいんだ?

 ――もしかして……。何か特別なことをしたのではありませんか……?


 ローズの問いに対し、普段は温厚なエルドランの顔つきがみるみるうちに険しくなった。

 

 ――俺が何をしたというのだ?


 相手が強気に出るほど、強く反発するのがローズの気性だ。

 彼女は噛みつくような表情で返した。


 ――悪魔と契約すれば、我が子を自在に宿すことができる――私、何かの本で読んだことがありますもの!

 ――そ、そんなはずないだろ!


 声が裏返っている……。

 動揺を隠しきれていない。


 ――殿下……。まさか本当に……。

 ――待て! 俺は……俺は君が不幸になるのがどうしても許せなかったんだ! だから分かってくれ!


 ローズは頬を引きつらせながら、一歩また一歩とエルドランから離れていく。


 ――ローズ! どこへ行くつもりなんだ?

 ――教会よ。神父様にお腹の子が呪われているか診てもらいます。もし呪われていたなら……。私はお腹の子とともにこの世から去るわ! あなたの行ったことを全部暴露して!

 ――や、やめよ! そんなことをしても無駄だ!

 ――無駄? どういうことですか? ちゃんと説明してください!

 ――それはだな……。


 肩を落としたエルドランが真実を語り始めた。


 この時からだ……。

 ローズはエルドランの『共犯』となったのは。


 そして今、彼女は喧騒の宮殿の中、一人部屋でティーカップ片手にたたずんでいた。


「王妃様。悪魔がすぐそこまで迫っております。もう宮殿は持ちません。どうかお逃げください」


 オールバックの青年が部屋にやってきた。声だけ聞けば普段通りだ。

 しかし着ている服はビリビリに破け、顔が血で染まっており、部屋の外がいかに凄惨な状況なのかを物語っている。

 それでもローズは平然としていた。


「民は無事ですか?」

「はい。王妃様の申しつけた通り、ソフィア慈愛教会の跡地に人々を集め、宮廷魔術師の張った結界で守られております」

「ふふ。こうなることを予測して焼き払ったのが正解だったわね。教会があると人が入りきらないもの。ところでジョーは?」

「マクシミリアンの付き添いで無事逃げ延びております」

「そう……。それはよかったわ」


 ローズが湿り気のある声でつぶやいた直後、部屋のすぐ外で「ドーン」という大きな音が聞こえた。

 部屋が大きく揺れる。


「グオオオオオオオ!!」


 腹の底に直接響いてくるような、身の毛もよだつ雄たけびが耳をつんざいた。

 悪魔がこの部屋に向かっているのは間違いない。

 だがローズはティーカップを離そうとはしなかった。


「そう言えば、シャルロットの騎士……あの子、強いんでしょ? 牢獄塔から出して戦わせたらいいんじゃない?」


 ローズは使用人や騎士の名前を絶対に口にしない。

 オールバックの青年も同じように5年以上も彼女に仕えているが、一度も名前で呼ばれたことはなかった。

 

「クロードのことでしたら、既に脱獄し、悪魔と戦っておりました。彼のおかげでジョー殿下をはじめ多くのが宮殿の外へ脱出できたのです」

「まあ、そうだったの。でも悪魔は今でも暴れている。ということは……」


 青年は大きく息を吸った後、低い声で残酷な事実を告げたのだった。



「悪魔の魔法でたおれました。もうクロードは戦えません」



 直後、部屋のドアが派手な音を立てて砕け散り、全身を漆黒の毛でおおわれた悪魔が姿をあらわした。


「王妃様! お逃げ下さい!!」

「いいのよ。エイダン。あなたこそ早く逃げなさい」


 オールバックの青年……エイダンは目を丸くした。

 ローズがこの期に及んで自分の名前を口にしたからだ。

 そして同時に感づいた。


 ローズは死のうとしている、と……。


「王妃様!!」


 エイダンの制止も聞かず、ローズは一歩また一歩と悪魔の方へ近寄る。

 そうしてすぐ目の前までやってきたところで、悪魔に声をかけた。



「待ってたわ。エルドラン」



 

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