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 迫りくる凶刃。

 絶体絶命の危機。

 それでも一昨日までならクロードや侍女たちが私を助けてくれた。

 でも今は私一人。

 武芸のたしなみなんてないし、腕力にも自信はない。

 いくら部屋が広くても、逃げきれるはずがない。


 だとしても私は……。



 ――一緒にあがこう。どんなにこの世界がクソったれでも!



 あの時のクロードと約束した通りに行動するだけだ!


 がむしゃらに横に飛んで、振り下ろされた剣をかわす。

 空気を斬る音が耳元を通り過ぎ、スカートの端を切り裂いた。

 私の身のこなしが意外だったのか、フェリックスは「ちっ」と短く舌打ちをして態勢を崩す。

 その隙にドアの方へかけていく。

 けどなぜかドアが開かない……。


「くくく。カギをかける魔法だ」

「くっ……」


 フェリックスが右手に氷の刃を作る。


「これならどうかな? アイス・ブレード!!」


 刃がくるくると回転しながら私に向かって飛んできた。

 とても速くて避けきれない。

 でも避ける必要はない。


 なぜなら私は魔法を跳ね返すことができるから――。


 ――バシッ!


 右手で弾いた刃は、スピードを増してフェリックスの方へ飛んでいく。


 ――ザクッ……。


 鈍い音とともにフェリックスの右肩に深々と突き刺さった。


「うぐっ……。なんだと……?」


 私に魔法は効かない。

 それを知らないフェリックスが戸惑っている。

 今の隙に逃げたいけど、ドアが開かない……。

 

「くくく……。面白い。皇族に傷をつけた者はその場で処刑されるのが我が国のしきたりでね。しかも散々苦しめたうえで殺さなくちゃいけないんだ」


 フェリックスは流れる血を止めようともせず、剣を片手ににじり寄ってくる。

 

 ――ドンドンドンドン!!


「誰か! お願い!! ドアを開けて!!」


 ドアを叩きながら必死に叫ぶ。

 けど何の応答もない。


「しねぇぇぇぇ!!」


 フェリックスが目の前で再び剣を高々と振り上げた。

 私に逃げ道はない。

 もうダメだ……!


 ……とその時。


「伏せてください!!」

 

 雷のようなリゼットの声がドアの向こうから響いてきたのだ。

 反射的に膝を曲げ、頭を抱える。


 ――スン……。


 頭上で空気を切り裂く乾いた音が聞こえたと思ったら、直後に「ボトリ」とフェリックスの右手が剣を持ったまま床に転がったのである。


「ギャアアアア!!」


 大量に血を吹き出しながら泣き叫ぶフェリックス。

 ベッドの元に転がるようにして駆けていき、真っ白なシーツを巻いて血を必死に止めようとしている。

 ふと背後を振り返るとドアの上部に一本の線が走っていた。

 

 リゼットだ……。

 ドアの向こうから剣を振って、フェリックスの腕を斬り落としたのね……。


「シャルロット様。少しだけドアから離れてください」


 私は言われるがままにドアから離れる。

 直後にドアはバラバラとなって、リゼットの姿があらわになった。


「安心してください。もう大丈夫です」


 どういうこと?

 つい先日まで私の命を執拗に狙っていた彼女が、なんで私を助けるの?

 

 助けてもらって嬉しいのに、素直に喜べない私を見て、リゼットは申し訳なさそうに苦笑いした。


「クロードからドギーを通じてこれを受け取りましたので」


 リゼットが手にしたのは、『シャルロットを守ってくれ』と書かれた書状と、騎士を意味する『大鷲の紋章』だった。

 あんなことがあったのにリゼットを信じて、大切な騎士の身分を託したなんて……。

 やっぱり私を殺そうとしていたなんてウソだったんだ。

 

「クロード……」


 ひとりでに涙があふれてくる。

 でも感傷にひたるのはまだ早かったみたい。

 リゼットは私を背にしてフェリックスの前に立ちはだかった。


「殿下はご存じかしら? アッサム王国には『国王の許可なく王族に剣を向けた者は、問答無用で処刑とする』というしきたりがあるの」


 フェリックスは青ざめた顔をして震えている。

 

「なんでもいいから俺を助けてくれよ。血が……血が止まらないんだ」


 泣いて懇願する情けない姿を見て、リゼットは興ざめしたようにため息をついた。


「本当はすぐにでもとどめを刺したいけど、クロードに免じて許してあげる。彼に感謝するのね」


 どういうこと??

 クロードに免じてフェリックスを許す??


 リゼットは指から小さな火球を出すと、フェリックスの腕に向けて放った。


「ぐああああ! 熱い! 熱い! 熱い!!」

「ちょっとは黙りなさい。もう火は消えてるわ。それに傷口を焼いたから血が止まるはずよ」


 ベッドの上で転げまわるフェリックスをそのままにして、私とリゼットは宿を出た。

 乾いた土の道には立派な栗毛の馬が、ブルブルと首を振って私たちを迎えてくれた。

 その背には純白の大きな鳥。

 

「あ……馬車の中から見えたオオハヤブサだわ」


 リゼットが一通の書状を足にくくりつけると、オオハヤブサは空高く舞った。

 白い翼を大きく広げ、南の空へ翔けていく。



「シャルロット様とクロードに幸せを運ぶ白い翼です」



 リゼットが微笑みながら、そうつぶやく。

 私とクロードの幸せ?

 いったい何なの?

 でもリゼットは私にその質問をさせるつもりはないようだ。


「アッサム王国に戻りましょう。そこですべてが分かりますから。それにシャルロット様のお役目はこれからです」


 リゼットに促され、私は彼女と共に栗毛の馬の背にまたがった。

 そして次の瞬間にはオオハヤブサを追いかけるように南へと駆けていったのだった――。

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