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◇◇
ダンスパーティーの翌日。
宮殿から少しだけ離れたところにある牢獄塔の最上階に投獄されているクロードのことを、フェリックスが訪ねてきた。
前の晩に近衛兵たちから散々痛みつけられたクロードは、窓の下の壁にもたれかかるように座り、腫れた目をフェリックスに向ける。
「痛々しいな。まったく……アッサムの兵どもは野蛮で困る」
クロードは黙ったままフェリックスの周囲に視線を配る。
「ははっ。大丈夫。ちゃんと人払いはしてあるから。さてと……。クロード。おまえは何がしたくてここにいるんだ?」
何も答えようとしないクロードを見て、フェリックスは苦笑いを浮かべる。
「相変わらずだな。まあ、いい。だったら質問を変えよう。おまえは自由になりたいか?」
クロードはそれでもうんともすんとも言わない。
フェリックスの顔から徐々に笑みが消えていった。
「簡単な仕事さ。『悪魔』を殺せ。意味は分かるな?」
クロードの目が灰色に光る。
暗殺者の目だ――。
フェリックスは再び笑みを漏らした。
「南部のクソどもが反乱を起こしたのは知っているか? 父さんはアッサムと手を結べば自然と収まると言った。だからわざわざ『貴国と固い絆を結ぶため、貴国の王女と我が国の皇子の婚姻を望む』と書状を書いて俺に持たせたわけだ」
フェリックスは皇帝ハイドリヒの書状をあろうことか、くしゃくしゃに丸めた後、クロードの前に投げ入れた。
「だが、俺は違う。反乱を起こしたヤツらに甘い顔をすればつけあがるのがオチだ。こういう時は徹底的に叩き潰さねばならない。しかも聞けばシャルロットはもうすぐ『悪魔』に身を乗っ取られるって言うじゃないか。そんなキズモノが俺にふさわしいと思うか?」
クロードはハイドリヒの書状を広げたまま、じっとしている。
いったい何を考えているのか……。
だが自分の言葉に酔っていたフェリックスはクロードの様子など気にせず饒舌に続けた。
「そこでだ。俺とシャルロットが南部地方に通りかかった時、不幸が俺たちを襲う。そう……シャルロットが殺されるんだよ。南部のヤツらにな。当然、アッサムは怒り狂って軍勢をヤツらに向けるだろう。激しい戦争になるのは間違いない。両方が疲弊しきったところで、帝国は軍を出す――後はどうなるか、分かるな? 年内にはここの玉座に俺が座っているのは間違いないさ。クロード。おまえは南部のヤツらの一味としてシャルロットを殺し、今度こそ正真正銘、死んだことにする。そうなればおまえは自由。俺はアッサムの王として君臨。悪い話じゃないだろ?」
クロードは冷たい目のまま、ようやくかすれた声をあげた。
「悪魔を殺せば、金輪際俺にかまわない――それが報酬だな?」
「ああ、やってくれるな?」
クロードは目をつむり、小さくうなずいた。
ニタリと口角を上げたフェリックスは満足そうに消えていった。
しばらくして次にやってきたのはドギーだった。
「おお、クロード。捕まったと聞いてビックリしたぞ。それに酷い顔じゃ。これだから近頃の若い連中は――」
「余計な話はいい。例の件、どうだった?」
ずしりと腹の底に響くようなクロードの低い声に、ドギーはひたいから一筋の冷や汗を垂らしながら答えた。
「うむ。お主の言う通りじゃったよ。しかしまさか王女様が……」
「しっ!」
クロードは険しい顔つきでドギーを黙らせ、彼の背後に視線を移した。
警備兵に聞かれたらまずい――という合図なのはドギーもはっきり分かったようだ。
「うむ……。しかしなんで例の件のことが分かったのじゃ?」
「幼い頃、本で読んだからだ」
「ずいぶんと古い話のことじゃ。そんなことが書かれた本なぞ、王家の図書室くらいしか見かけない……」
そう言いかけたドギーの言葉をクロードはさえぎった。
「話は終わりだ。リゼットにこれを」
クロードは取り出した2枚の紙きれのうち、1枚をドギーに持たせる。
有無を言わせぬ彼の表情を前に、ドギーはゴクリと唾を飲みこんでから大きくうなずき、その場を後にしていった。
再び一人になったクロードは天井を見上げながら大きく息を吐いた。
(本当は使いたくなかったが……)
右手には残りの紙切れ。
そして左手には翼がかたどられた白くて小さな笛が、固く握られていたのだった――。




