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◇◇


「ヨダレアナゴ、さいこー! シャルロット様、さいこー! フォー!!」


 ワインでべろんべろんに酔っぱらった侍女のメアリーが、ヨダレアナゴの白焼きを刺したフォークを突き上げながら叫ぶ。


「ヨダレアナゴ! イエーイ!! シャルロット様、ありがとぉぉぉ!!」

「ありがとぉぉぉ!!」


 他の侍女たちも酔った勢いそのままに高い声を食堂に響かせた。

 どんちゃん騒ぎをする彼女たちを目の前にして、私は「やっぱりやめとけばよかったかしら?」とため息をついた。

 と、そこに客人として招待したマルネーヌが頬を寄せて笑いかけてきた。


「ふふふ。大成功ですわね。シャルロット様」


 私は眉をひそめる。


「この状況のどこが大成功なのよ?」


 ヨダレアナゴは1匹でもかなり大きい。それをクロードが3匹も獲ってきたものだから、私ひとりでは余らせてしまう。


 ――だったら侍女たちにも振舞って欲しい。


 そうクロードが言ったものだから、ついでにマルネーヌも呼んだのだ。

 すると今度はマルネーヌが、


 ――シャルロット様。いっそのこと、みんなで一緒に食べましょうよ。その方が絶対に楽しいに決まってますわ。


 と言い出したのだ。

 はじめは反対したのよ。でも……。


 ――クロードさんと一緒に食事する理由もできると思いますの。


 なんて耳打ちしてきたものだから、『仕方なく』館にいる全員で食事することにしたのである。


 あっ……。リゼットは抜きよ。


 彼女は今、この館から少し離れた地下牢に投獄している。

 いくら長年仕えてきたとはいえ、王女の私に剣を向けてただで済ますわけにはいかない。

 それに「王妃様の命令に従って」というくだりも気になるし……。

 まさかローズお母さまが私を処刑することを命じたってこと?


 まあ、その辺のややこしい話は明日だ。

 今はこの混沌とした状況をどう対処するか、の方が大事だもの。


「ほら、王女様。あそこをご覧になって」

「ん? 何よ」


 マルネーヌの視線を追うと、その先にはクロードの姿。

 フォーク片手にうつらうつらしている。

 まさか食べながら寝てるなんて……。どんだけ寝るのが好きなのよ。


「クロードさんの周りには人がいませんわ」


 そりゃあ、寝てる人の隣にいても、全然盛り上がらないしね。


「今ならたった二人でお食事するチャンスってことですわ!」

「えっ……。いや、でもあいつ寝てるし……」

「そんなの叩き起こせばよいですの! そして『あーん』をしてもらうのです!」

「そ、そんなはしたないこと、絶対にやらないわっ!」


 ……と、言いながら、マルネーヌに手を引っ張られてクロードの隣の席までやってきちゃったのだから、自分でも情けない。


「じゃ、あとはお二人さんで。うふふ」


 マルネーヌは私を置いてどこかへ行ってしまった。

 取り残された私。目の前にはフォークを持ったまま寝息を立てているクロード。

 でも彼が寝入ってしまうのも無理はないわよね。

 絶対に不可能と言われたヨダレアナゴを3匹も獲ってきて、無双の剣士であるリゼットを素手で相手して私を守ってくれたんだもの。さすがのクロードと言えども、疲労困憊に決まってるわ。

 だから黙ったまま、ただクロードのことを見つめる。

 

 それにしてもスヤスヤと気持ちよさそう。

 色白ですべすべの頬が息をするたびに膨らんではしぼんでいる。

 見入っていると吸い込まれそうな感覚に陥ってきた。


(ちょっとだけ触ってみてもいいかしら?)


 胸がドキドキ音を立て始める。恐る恐る右手の人差し指をクロードの方へ伸ばしたその瞬間。


「そんなところに突っ立てないで、座ったらどうだ?」


 薄目を開けたクロードの方から声をかけてきたのだ。

 ドキンと胸が脈打ち、急いで手を引っ込める。

 そんな私のことを興味なさげに見ていたクロードは、私が横に座るなり、再び目を閉じた。


「ちょっと! 私が横にいるのに寝るつもり?」


 もう一度薄目を開けたクロード。何でもないようにさらりと返す。


「今日の任務は終わってるだろ? だったら寝てもいいはずだが」

「こんな騒がしいところで寝なくてもいいでしょ!」

「それなら心配ない。いつでもどこでも睡眠がとれるように訓練してあるからな」

「別に心配なんかしてないわよ。もういいわ。好きにしなさい」


 本当はもっと話がしたいのに……。

 意地っ張りな私はむくれ顔で席を立とうとする。

 するとクロードが声のトーンを落として問いかけてきた。


「なあ、呪いのことなんだが、みんなには黙ったままにしておくのか?」


 ぴりっと背筋に寒いものが走り、私は浮きかけた腰を下ろした。

 クロードが目を細くして私に視線を送ってくる。

 本当は避けて通りたかった話だけど、そういう訳にはいかなそうだ。

 うつむいた私はコクリと首を縦に振った。


「ええ」

「そうか……」


 いずれにしたってもうすぐ私は悪魔に身の乗っ取られるのだから、誰に知られようと関係ないじゃない――前までの私だったらそう思ったはず。

 でも今は違っていた。

 

 メアリー、ベス、サンドラ、クレア、リア、アリソン、イザベラ、ジェーン、モニカ……みんな顔と名前が一致してるし、近頃はちょっとずつ話すこともできるようになってきたのよ。時々冗談言い合って笑うことだってある。

 もう侍女たちが怯えるような真似はしてないし、するつもりもない。だからこそ正体を明かしたくないのだ。

 きっとみんな私に失望するだろうから。そして全員、ここから逃げ出すに違いない。


 また私はひとりぼっちになっちゃう。

 そんなの耐えられない……。


 今までに見せたことのない真剣な表情でクロードを見つめる。

 私から目をそらさなかった彼は、ちょっとしてからふっと肩の力を抜いた。


「安心しろ。呪いのことを知ったら辞めるヤツもいるだろうし。その穴埋めをしたら睡眠時間が削られるだろ? それはいただけない」

「そう……。ありがと」

「礼を言うのはこっちの方だ。正直言って、正体がばれたらここにいられないと思ってたからな」

「えっ……? つまりクロードはこれからもずっと私のそばにいたいってこと?」

「ああ。当たり前だろ」


 今度はクロードが真剣な顔つきになって、私を見つめる。

 胸がぎゅっと掴まれるように痛い。体もかっと熱くなってきた。 

 二人の間に温かくて、柔らかな空気が流れる。


 間違いない。

 クロードがずっと私のそばにいたい理由。それは……。

 

「わ、わ、私を……」


 好きってこと――?


 最後の一言が喉の奥に引っかかって出てこない。

 そうこうしているうちにクロードがそっと目を閉じた。

 そして顔を徐々に私に近づけてくる。


 ――言葉にするよりも、もっと分かりやすい伝え方があるだろ?


 まるでそう言いたげな様子。

 

 うそ……。それってつまり……。


 キスっ!?


 やだ! 心の準備が!!

 

 ……とその時、クロードの薄い唇が動いた。



「ここなら安全に寝られるからな」


 

 ピタリと動きを止めて、再び寝息を立て始めるクロード。

 ああ……。こいつに期待した私がバカだったわ。

 私はテーブルの上にあったワインボトルを手にした。


「ばっかやろおぉぉぉぉ!!」


 ラッパ飲みでワインボトルを空にする。

 ぐわりと視界が歪んだが、そんなの関係ないわ!


「朝まで飲むわよぉ!!」

「シャルロットさまぁぁ!! さいこー!!」


 その後の記憶はまったくない。

 夜中にはっとなって起きたら、いつの間にか自分の部屋のベッドに寝かされていた。

 

 でも一つだけ覚えていたことがある。

 それはこれまでの人生の中で最も楽しい夜を過ごしたということ。

 クロードもずっとここにいたいって言ってくれたし。

 理由はなんであれ、すごく嬉しかったな。

 たった一晩だけでも、こんな時を過ごせたことに、私は心から感謝したのだった――。



◇◇


 シャルロットたちが終わらぬ宴で盛り上がっていた頃。

 館から少し離れたところにある地下牢から影が出てきた。

 クロードに敗れて投獄されていた侍女……そう、リゼットである。

 彼女の横に図書室の主、ドギーが並ぶ。その手には牢獄のカギが握られていた。


「ドギー、ありがとう」

「なんのこれしき! わしはリゼット様のおじいさまの頃からファブル家に仕えている身なのですぞ。当主の危機となれば、たとえ火の中水の中と言えども駆けつけるのが忠臣というものじゃ!」

「ふふ。それは頼もしいわね」

「ところで本当に王妃様のもとへ行かれるのですかな? もし監獄塔に入れられたら、もう二度と出られないかもしれませんぞ」

「大丈夫。それに逃げまわるのは性に合わないもの。たとえ相手が王妃様であってもね」

「そうか……」

「ふふ。ドギーこそこんなところをシャルロット様に見られたら大変よ。早く持ち場に戻りなさい」

「分かり申した。ではお気をつけて」

「ええ。あなたも。それから……」

「むっ? まだ何かおありですかな?」


 ほんのわずかの時間、戸惑ったリゼットは、意を決したように引き締まった顔つきとなって告げた。


「明日はシャルロット様が絵を描く日なの。洗濯したばかりのエプロンがあるからそれを使うようメアリーに伝えておいてくれる? あと私がいないからといって、シャルロット様がお菓子を食べ過ぎないように注意を払うようにとも」


 ドギーは目を丸くした。

 つい数時間前までは殺そうとしていた相手のことを気遣うなんて考えにくかったからだ。

 そんな彼の心情をさとってか、リゼットは苦笑いを浮かべた。


「私って変よね。こんなことになったのに、まだシャルロット様の侍女であろうとしているなんて……」


 ドギーは口を堅く結んで一つ大きくうなずいた。

 それを見たリゼットは安心したように目を細めた後、足音を立てずに王妃の暮らす宮殿へと駆けていった。


「私は絶対にあきらめない」


 そう何度もつぶやきながら……。


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