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◇◇


 降臨祭の朝を迎えた。

 いつも通り、リゼットが起こしにきて、他の侍女たちが着換えを手伝っている。

 でも一つだけ違う。着換えを終えて廊下に出ても、立ちながら寝ているクロードの姿がないことだ。

 横に立ったリゼットに目をやると、彼女は淡々とした口調で私の思っている疑問に答えた。


「クロードはまだ戻っておりません」


 本当は誰かにそう断言してほしくて、リゼットに言葉を求めたくせに、苛立ちが口をついて出てくる。


「そんなの見れば分かるわよ」


 リゼットは私の心情を受け止めてくれているのか、嫌な顔ひとつせず、穏やかな口調で返した。


「失礼しました。では朝食へまいりましょう」


 朝日の差し込むテラス席で、マフィンの上に半熟卵が乗ったエッグベネディクトをいただく。いつもなら美味しくて口元が緩んじゃうんだけど、今日は味をまったく感じない。


 ――どうして私はあの時、クロードを止めなかったのだろう。もしクロードが帰ってこなかったら全部私のせいだ……。


 どうしようもない罪悪感が胸の中を覆い、朝食後も何も考えられずにいた。

 館の敷地内にある教会で、出席者が私と使用人たちだけの降臨祭の式典が滞りなく終わる。

 館に戻り、いつもなら絵を描くためにアトリエに向かうのだけど、今日はなぜか図書室に足が向いた。


「おや? 王女様ではありませんか?」


 私はめったに図書室に入らない。欲しい本があればクロードに取りに行かせていたからだ。

 だから図書室の管理人であるドギーが丸眼鏡の向こうの目を大きくして私に視線を送るのも無理はない。


「本をお探しですかな?」

「探しているのは……本じゃないわ……」


 絞り出すようにして答えると、ドギーはしわだらけの顔をさらにしわくちゃにした。


「ほほほ。探しておったのはクロードのことでしたか」


 侍女のメアリーに「昨日、クロードは図書室で調べ物をしてから館を出たようです」と聞いている。だからドギーなら彼がどこへ向かったのか知ってるはず――そんな風に考えて、無意識のうちにここへやってきたのだと思う。

 でも「クロードのことを探していたのか」とはっきり言われると、恥ずかしくなってしまい、顔をそっぽに向けた。

 するとドギーのしゃがれた声が聞こえてきた。


「実は王女様に謝らなければならないことがありましてのう――」



◇◇


 クロードは館の敷地内にある南の海にいる――ドギーからそう聞かされた私は、いてもたってもいられず図書室を出て、廊下を走った。


 ――王女様がご家族との思い出を大事にしているからこそ、年に一度のヨダレアナゴを楽しみにしていることをクロードに教えてしまったのじゃ。


 ドギーが私に謝りたかったのは、勝手に私のことを話してしまったからみたい。

 別にそんなことはどうでもよかったのだけど、彼の話には続きがあった。



 ――『海の魔物、マーマンが狂暴化している今年は絶対にヨダレアナゴが獲れないから、いくら王女様の命令だとしても断りなされ』と言ったのじゃがのう……。『俺も孤独を知っている。だからシャルロットが大事にしている家族との思い出を守ってやりたい。これは俺の意志だ』と言ってきかずに、ここを飛び出していったのじゃよ。



 クロードは今、自分の意志で『絶対に不可能』なことに挑んでいる。しかも私のために……。


 だったら私の意志は何?

 

 自分で胸の内に問いかけながら、懸命に手足を動かす。 

 すれ違った侍女たちが一様に驚いた顔をしているが、そんなの関係ない。

 ロビーを抜けて中庭に出た。

 太陽がてっぺんから少しだけ西に傾いている。まだ日没まで時間はある。

 残暑の陽ざしが照りつける中、私は館を出る門に向かって足を踏み出した。

 だが館を出る門で、前をふさぐように待ち受けていたのは、リゼットだった。


「王女様。どちらに行かれるのですか?」


 さも私がここへやってくるのを知っていたかのように、何の抑揚もない口調だ。

 私は荒れた息を整えてから、彼女と同じように何食わぬ顔で答えた。


「ちょっと散歩よ。悪い?」

「ええ。散歩ならこちらではなく、東の森にある遊歩道がよろしいかと。木陰が多くて涼しいですし。南のこちらには何もありませんので」

「……海があるでしょ。私、海が見たいの」

「王女様。本当に見たいのは、海ではなく、海にいるはずのクロードなのではありませんか?」


 やっぱりそうだ……。リゼットはクロードが南の海にいることも、私が彼のもとへ行こうとすることもお見通しだったのだ。

 でも彼女が何と言おうと関係ない。

 私は決めたのだ。

 

 自分の意志で、外に出ようと――。


 これまでだって自分勝手にやってきたじゃない……みんなはそう思うに決まってる。

 でも違う。

 私はただ逃げていただけだったのだ。

 自分の運命から。ローズお母さまから。


 みじめな自分を周囲にさとられたくなくて、傲慢に振舞ってきたけど、余計にみじめになるばかりだった。

 

 ――それも私の運命なのよ……。


 私はそんな自分を変えたい。

 クロードみたいに自分の意志で立ち向かいたい。ただの執事ができるんだから、王女の私ができないはずはない。

 今からクロードのもとへ駆けつけることで、みじめな思いが消えるかは分からない。でも何かが変わる気がするのだ。


「そこをどきなさい。リゼット」


 リゼットは大人しく道をあけた。

 ただ、ピリピリとした威圧感を私に向けたままだ。


「いくらクロードでもヨダレアナゴを獲るのは無理です」


 何よ。自分でクロードを指名したくせに。

 もしかしてリゼットは最初からクロードをここから遠ざけるために、彼に無理を押しつけたのかしら?

 

 理由はなんであれ、私の意志は変わらない。

 リゼットの横を通り過ぎる瞬間、彼女は低い声でつぶやいた。


「あきらめてください。ヨダレアナゴだけではなく、クロードのことも」


 胸を貫かれるような鋭い言葉だ。目頭が熱くなり視界が霞む。

 でもこんなところで涙を見せるものか!

 大きな門を通り抜けた私は、早足で南へ向かった。

 そしてしばらく進んだところで、潮の香りが鼻をつくと、胸の鼓動と手足を動かす速度はさらに早まったのだった。

 

 

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