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 海岸に出ると、まず目についたのは、白い砂浜に脱ぎ捨てられた黒の燕尾服と白いシャツ、それに黒のスラックスだった。

 クロードの服に違いない。

 辺りを見回す。けどクロードの姿はない。

 となると海に潜っているということかしら……。

 次に視線をちょっと先に移す。西日に照らされた海はキラキラと光っていて眩しい。

 目を細めてさらに視線を奥へ移すと、次に見えてきたのは、ぷかりぷかりと浮かぶ魔物の亡骸だった。


 きっとあれがマーマンね……。


 1体、2体、3体……数えきれないほどのマーマンが波に浮かんでは消える。

 きっと海の中では壮絶な戦闘が繰り広げられているのだろう。

 心なしか海面が赤く染まっているようにも思える。


「クロード……」


 もうヨダレアナゴのことなんて頭の片隅にも入っていない。

 ただただクロードの無事な姿を見ることができたなら、それだけでいい。

 純粋にそう願っている自分を、私は素直に受け入れている。

 

 何もできず突っ立っているうちに、日はだいぶ傾き、空がオレンジ色に染まってきた。

 

 お願い! 神様! クロードを助けてあげて!


 手と手を合わせて祈りをささげたその時だった――。


 ――ザバアッ!


 波の音にまぎれて、何かが海から出てきた音が確かに耳に飛び込んできたのだ。

 はっとなって顔を上げると、うねる波間に小さな頭が見える。

 いったい誰なのか、なんて考えるまでもない。


 クロードだ!


 懸命にこっちに向かって泳いでくる彼を見て、私の中であの時の誓いが音を立てて崩れていくのを感じていた。


 ――――恋なんて絶対にしません。


「クロード!!」


 波打ち際までやってきたクロード。

 鋼のような肉体には無数の傷。そして右手にぶら下がっているのは3匹のヨダレアナゴ。

 彼の目がはっきりと私をとらえる。


「シャルロット?」


 私は砂浜に靴を脱ぎ捨てると、一直線に彼のもとへ駆けていった。


「どうしてここに?」


 ついさっきまで自分でもどうしてここへ来たのか分からなかった。

 でも、今はっきりしたのだ。


 ――シャルロット様、つまらぬ誓いなど破ってしまうに限りますわ!


 そう……。私はあの時自分で立てたくだらない誓いを破るためにきたのだ。


「おい。まだ期限の日没までは時間があるはずだぞ。だからクビには――」


 クロードがそう言いかけた瞬間、私は地面を蹴った。

 

 ツインテールとドレスのすそがふわりと浮かぶ。

 目を大きくするクロード。

 私はその逞しい胸の中に飛び込んだ――。


「抱きしめなさい!」


 いつもの癖で命令口調にたずねる。


「それは任務か?」

「そんなの今、関係ある?」


 抱きついたまま顔をあげる。

 クロードの顔がくっつきそうなくらいに近い。でも私は目をそらさず、彼の目をじっと見つめた。

 するとクロードは口元にかすかな笑みを浮かべてささやいた。


「いや、ない」


 クロードの腕が私の背中に回され、ぎゅっと抱きしめられる。

 かすかな潮のにおいを感じながら、私は彼の胸に顔をうずめた。

 

 ――トクン……。


 クロードの鼓動が聞こえる。それが合図となって、今までずっと抑え込んできた感情の大波が腹の底から押し寄せてきた。

 そしてその感情は涙と嗚咽になって爆発した。


「うあああああああ!!」


 ずっとこうやって誰かに抱きしめてほしかった。

 誰かを抱きしめたかった。

 そんな当たり前の感情さえも、今まで押し殺してきたのだ。

 

 クロードは黙ったまま私が泣き止むまで抱きしめてくれた。

 感情の波がおさまると、とたんに恥ずかしくなって、急いで彼の胸から顔を離す。


「大丈夫か?」


 柔らかな声が鼓膜を震わせると同時に、再び胸が高鳴る。


 ああ、そうよね……。


 虚栄心と傲慢で固めていた心が丸裸になった今、認めざるを得なかったのだ。



 私は今、クロードに恋している――。



 けど私は恋をしてはいけない運命。その運命には逆らえない。だから片想いのままでいい。

 

「大丈夫に決まってるでしょ。取り乱したことは謝る。だから誰にも言わないで」


 心とは裏腹につっけんどんな言葉が口をついて出てくる。


 ……と、次の瞬間だった。

 急に顔つきを険しくしたクロードが横を通り抜け、誰かからかばうように私を背にしたのである。


「王妃様の命令に従い、この場でシャルロット様を処刑します。どきなさい。クロード」


 冷たく抑揚のないその声の主は、間違いなくリゼットだった――。

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