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◇◇
リゼットが私、シャルロットに降臨祭の日に着るドレスの色を提案してきた。
正直言って、そんなことどうでもいいわ。式典にも興味はないし。
私にとって大事なのは、その日の夕食よ。
今は亡きソフィアお母さま。兄のジョー。国王のエルドランお父様。そしてローズお母さま――。
1年に1度、この日だけは5人が全員そろって同じ食卓を囲った。
もちろん出てくるのはヨダレアナゴ料理。
美味しいお料理に、優しい笑顔――温もりと幸せに溢れたひと時だった。
ソフィアお母さまが亡くなって、私が部屋に閉じ込められてからは家族全員で食卓を囲うことはできなかったけど、それでも年に一度のヨダレアナゴ料理だけは出してもらえた。そしてその料理を一口頬張るたびに家族団らんの記憶がよみがえってきて、とても幸せな気持ちになれた。
すごく辛い日々だったけど、もう少し頑張ってみよう、って前向きになれる瞬間だった。
だからドレスの色なんてどうでもいいの。
幸せの記憶をよみがえらせてくれる料理さえあれば――。
「シャルロット様。今年はヨダレアナゴ料理をお出しすることではできません」
リゼットの言葉に私の心と体が固まった。
侍女たちがパジャマから淡い水色のドレスに着替えさせようとしたけど、私はその手を振りほどき、リゼットの前に立った。
「は? なんでよ!?」
「10年に1度の不漁で、1匹も獲れなかったからです」
「嫌よ! ヨダレアナゴが食べられないなんてぜーったいに嫌!!」
「そうおっしゃられても、ないものは出せませんので。我慢なさってください」
リゼットはいつもはっきりとした物言いだけど、今日は特に寄せ付けない雰囲気だ。
私だって無理なものは無理だって分かってる。
でも爆発した感情を抑え込むことはできなかった。
だって降臨祭の日を迎えるのは、これで最後になるかもしれないのだから……。
しばらく黙ったままリゼットを睨みつける。リゼットもまた黙ったまま、私をじっと見ていた。
そうしているうちに、徐々に感情がおさまってきた。
仕方ない……。あきらめよう……。
こわばっていた肩の力を抜いたその瞬間だった――。
「であればクロードに獲りにいかせましょう」
何でもないようにリゼットがさらりと提案してきたのだ。
「えっ……?」
「これまでもシャルロット様のわがままを何度も叶えてきたのです。彼なら必ず今回も叶えてくれるでしょう」
「で、でも……」
ヨダレアナゴの漁は特殊な技能が必要だって本で読んだおぼえがある。
それに漁獲量が減ってからは、妨害してくる海の魔物の目をかいくぐって漁をせざるを得なくなったって。
とても危険だから、漁には王国兵が随行しなくてはいけないらしい。
そんな難しいうえに命がけのことをクロードひとりに任せるというの?
「では早速、外にいるクロードに命じます」
リゼットは「反論の余地なし」といった風に部屋の外で出ていく。
私はパジャマのままであることも忘れて、慌ててリゼットの背中を追った。
当然、彼女を止めようとしたのだ。
けど予想外にリゼットの動きは素早くて、私が部屋を出た時にはクロードに要件を伝え終わっていた。
「それは命令か?」
クロードが私に視線を向ける。その目は怒ってるわけでもなく、いつも通り何を考えているか分からない感じだ。
今までのことがあるから「冗談に決まってるでしょ。やらなくていいわ」という言葉がさらっと出てこない。
すると私に代わってリゼットが口を開いた。
「もちろん王女様からの命令です」
「そうか……」
「ヨダレアナゴを獲ってくるまで館に足を踏み入れることを禁じます」
「……ということは、獲れなかったらクビってことだな?」
「それくらい王女様にとっては大事なことなの。分かってくれるわね?」
「……分かった」
私を置き去りにしたまま話は決着し、クロードはその場を後にしていった。
リゼットが私と向き合う。
「さあ、王女様。着替えましょう。朝食はスクランブルエッグと焼きたてのパンをご用意してあります」
リゼットが何事もなかったかのように振る舞う。一方のクロードはこちらを振り返ろうともせず、廊下の奥へ消えていく。
――冗談に決まってるでしょ! クロード、こっちへ戻ってきなさい!
今ならそう声をかけて、クロードを止めることはできるはず。でも私の口はどうしても動かなかった。
――もしかしたら彼なら私の願いを叶えてくれるかもしれないわ。
意地汚い自分が顔を覗かせている。きっと私の口の動きを止めているのはこいつだろう。
こいつのせいでクロードはここから追い出されて、危険な目にあわなくちゃいけなくなるのだ。それに彼がヨダレアナゴを捕獲できる保証だってないもの。
そんなのダメよ!
――あら? 正義感ぶってるけど、あなたは私なのよ。つまりクロードを止めようとしないのはあなた自身でしょ?
違う。違う!
私はクロードに行ってほしくない!
――そんなに止めたいなら止めてごらんなさいよ。あなたの大切にしてきた思い出を諦めて、クロードを取るというのなら、私は止めないわ。さあ!
それでも私の口はちっとも動かなかった。いつの間にかクロードの背中は視界からなくなっている。
もう彼を止めることはできない……。
意地悪な私が勝ち誇ったように高笑いして、私のことを見下ろしているように思えてならなかった。
私はそんな自分を振り払うようにして、着替えるために部屋に戻ったのだった。




