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◇◇
クロードがアレックスの相手をしている間、私、シャルロットはマルネーヌとともにモンブランの散歩をしていた。
夏ももうすぐ終わりだけど、昼間はまだまだ暑いわね。木陰でちょっと休憩して汗をぬぐう。
するとマルネーヌが館からアイスティーを持ってやってきた。
「お兄様はクロードさんと何やら真剣に話してるみたいですわ」
「そうなのね」
ただの執事のくせして、王国軍の要にして位の高い貴族のアレックスをつかまえて、何を話し込んでいるんだろう?
「気になりますか?」
「そりゃあね。自分の執事が貴族相手に粗相でもしようものなら、たまったものじゃないもの」
「ふふ。もしかしたらクロードさんの方からお兄様の率いる部隊に入隊したいと直談判しているかもしれませんわね。だってアッサム王国の男子ならお兄様の下で働くのは夢みたいなものと聞きましたわ。クロードさんだって同じに決まってますもの」
「えっ……?」
急に胸がドキドキと音を立て始める。
クロードが王国軍へ入隊を希望している……?
そんなわけない、と思いながらも、ぎゅっと心臓を鷲掴みにされたような痛みが走り、視界が霞みがかっていく。
と、その時、マルネーヌが冷たいグラスを私の手の甲にくっつけた。
「ご安心ください。お兄様にはクロードさんのことを『王女様の大切な執事』と紹介してありますの。もしクロードさんからさっきのような話があっても、ちゃんと断ってくれますわ」
「そ、そう。べ、別に『大切』なわけじゃないし。あいつがどこへ行こうとあいつの勝手だわ」
ふいと顔をそらした私をじっと見つめていたマルネーヌはぼそりとつぶやいた。
「そろそろ素直に打ち明けてくださると嬉しいですわ」
いったいマルネーヌは何を打ち明けてほしいというつもりなのだろう?
眉をひそめて黙ったままの私に、彼女は少しだけ寂しげなものを顔に浮かべた。
「シャルロット様の呪いのこと……。お兄様からうかがってますの」
思わず手からコップがこぼれ落ちる。
「王女様と仲良くさせてもらっているとお兄様にお話ししたら、はじめは王女様とのお付き合いを反対されたのですよ。『王女様の迷惑になるだろう』って。でも私、お兄様のウソを見破るのは得意ですの。だからすぐに何か隠してるって分かりましたわ。問いただしたら全部教えてくださったのです。他言無用という条件で」
その後、マルネーヌは知っていることを全部話してくれた。
幼い頃、私が禁じられた本を開いたがゆえに、悪魔に呪われてしまったこと。
それから部屋で自分の意志で謹慎して、長い間人前に姿をあらわさなかったこと。
いつ悪魔に体を乗っ取られるか分からないから、自分から王宮を出て、辺境で暮らすことになったこと。
そして誰とも関りを持たず、当然、恋などしないと周囲に誓って、ひっそりと残り少ない余命を過ごしているということ。
……だいぶ事実とは異なっているわね。
きっとローズお母さまの差し金だわ。急に王女が王宮を出たとなれば、周囲が不思議がるのは当たり前だ。それに近い将来、王女が処刑されるとなれば、王族批判のもとになりかねないものね。
ローズお母さまが有力貴族に対しては色々と吹き込んでいるのだろう。
ぜんぶ私が自分でとった行動みたいになっているのはしゃくだけど、最後の『誰とも関りを持たず、当然、恋などしないと周囲に誓って、ひっそりと残り少ない余命を過ごしている』というくだりは、まあ、その通りね。
私はあらためてマルネーヌと向き合った。
「そう……。ここまで知ってて、あなたはどうしたいの?」
「どう、と言われますと?」
「このまま……。その、ええっと……。私と……」
なかなか言葉が出てこない私に、マルネーヌは目を細くして微笑んだ。
「シャルロット様さえよろしければ、これからも仲良くしていただきたいですわ」
「そ、そう。だったらいいわ。私もそうしてあげる」
素直に「嬉しい。ありがとう」と言えない自分が恥ずかしい。
でもマルネーヌは全然気にしてないみたいで、話を前に進めた。
「シャルロット様、つまらぬ誓いなど破ってしまうに限りますわ!」
矢で心臓を射抜かれたような衝撃が走る。
口を半開きにした私の手をマルネーヌが握る。
その手はじんわりと汗がにじむほど熱くなっている。彼女が本気で私に助言していることを如実にあらわしていた。
「ダンスパーティーに執事としてではなくパートナーとしてクロードさんをお誘いになるのがよいと思いますわ!」
「ちょ、ちょっと、マルネーヌ。なんで私があんなヤツと踊らなくちゃいけないの!?」
「まだそんなことをおっしゃっているのですか? でしたらなぜ昨日、クロードさんを助けたのですか?」
「えっ……。それは……」
ホタルが見たかったから――と白々しくごまかしても通用しないのは、いくら私でも分かってるつもり。
私はクロードに失敗してほしくなかった。だって彼がマルネーヌのダンスパートナーにはなってほしくなかったからだ。
でも、だからといって、自分のダンスパートナーになってほしいとまでは考えてなかった……つもり。
……ほんとにそう断言できる?
「シャルロット様、ご自身のことが分からないということでしたら、一つ提案がありますわ」
ちょっとだけ声を低くしたマルネーヌは、意外な提案を私にしてきたのだった。
◇◇
マルネーヌの館が帰ってきてからも、クロードはいつも通り。
私の夕食中も部屋の隅で立ちながら寝ている。
デザートを終えた後、私はリゼットに合図を送った。
リゼットがドアを開けると、廊下で待機していたオーケストラが入ってきた。
クロードが無表情のまま、うっすらと目を開ける。
特に驚いている様子がないのは、5日に1回、こうしてオーケストラを招いて音楽鑑賞をすること知っているからだろう。
スローテンポの曲がはじまる。
私は席を立ち、テーブルの前に出た。
「クロード。こっちへきなさい」
少しだけ広くなっており、ちょっとした舞踏会場のようになっている場所にクロードを手招きする。
「はっ? なんでだ?」
「ダンスの練習相手に指名してあげるわ。光栄に思いなさい。それにまだ勤務中でしょ。このまま寝れると思ったら大間違いだわ」
「……分かったよ」
やる気なさそうにこっちへやってきたクロードの手を取り、背中に腕を回す。
私たちはゆっくりと踊り始めた。
見た目とは裏腹にクロードのリードは完璧だ。
まるで空中を散歩しているかのように心地よい。
――クロードさんと一度踊ってみてください。その時に感じたことを大切になさってくださいね。
今、感じてること。
私はそれを口に出すことにした。
「クロード。これからも私のそばにいなさい。いいわね?」
私はこの身に悪魔を宿している。だから恋なんてする資格はない。
それでもクロードには最後の最後までそばにいてほしい。
それが私が今感じている素直な気持ち。
「それは命令か?」
「そうよ」
「分かった。なら一つ条件がある――」
彼の出してきた条件は『羽毛布団』。
ほんと寝ることにしか興味ないんだから。
呆れて反論すらできなかったけど、それでもちゃんと許可したわ。
だってクロードは、私のすべてを受け入れて、どんな願いもかなえてくれる――私にとっての王子様だから。




