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◇◇
クロードがマルネーヌにお願いしたのは、「マルネーヌの兄に会わせて欲しい」ということだった。
んでホタルを見た翌朝、自分の館に戻るマルネーヌのお供をすることになったみたい。
館にはマルネーヌの兄が既に戻ってるって話だけど、もし何らかの理由でそれが遅れていたら……。
マルネーヌとクロードが二人っきりで過ごすってことになるじゃない!
――マルネーヌ。君はなんて美しいんだ。
――ふふ。それは私のセリフですわ。クロードさん。あなたってなぜそんなにも素敵なのかしら。
――ああ、マルネーヌ。
――クロードさん……。
あらぬ妄想とともに、昨晩晴れたはずのモヤモヤが、再び胸の中にもくもくとわき上がってくる。
私の足は自然とマルネーヌが出立する中庭に向かっていた。
「なぜここに?」
中庭にやってきたクロードが眉間にしわを寄せる。
私は顔をそらしながら口を尖らせた。
「あんた一人だと何をするか分からないから、私がついていくことにしたのよ! 悪い?」
「別に悪くはないが……。言っておくが俺はマルネーヌに何かするつもりはないぞ」
「そ、そんなの分からないでしょ! 昨日だって、マルネーヌのことを『美しい女性だ』って褒めてたじゃない! もう何か月も執事やってるくせに、私なんて一度も褒められたことないんだから!」
私が言い返したとたんに、周囲がしんとなる。
リゼットはあからさまに眉をひそめている。
あれ? 何かまずいことでも言ったかしら?
するとマルネーヌが笑いをこらえきれないといった風に口元を抑えながら、私にそっと耳打ちをした。
「その言いぐさでは、まるでシャルロット様が私に嫉妬しているみたいですわ」
しまった! そんなつもりはなかったのに!
みるみるうちに顔が熱くなっていく。
でもクロードは私が表情を変えた理由が分からなかったようで……。
「ん? シャルロットは容姿を褒めてほしいのか?」
なんて言い出した。
「ば、バカにしないでよ! 誰があんたなんかに!!」
やれやれといった感じで小さなため息をついたクロードは「うむ。じゃあ、とりあえず出発しようか。さあ、マルネーヌと馬車に乗るんだ」と、私を強引に馬車に押し込み、出立の合図を御者に出したのだった。
◇◇
アレックス・ソリス――。
ソリス家の若き当主にして、侯爵の位を継いだ者。
さらに言えば、アッサム王国軍の第一騎士団の団長。
王国学校を歴代最高の成績で卒業した秀才。
背は高く、ウエーブのかかった金髪、細い目、薄い唇の甘いマスクの持ち主――。
天は彼にいくつのギフトを贈ったのかしら、ってくらい完璧な人物。
そりゃあ、アッサム中の女子が彼のファンなのは納得だわ。
「ふふ。やっぱりシャルロット様もお兄様に興味がおありなのですか?」
「私? うーん……。なんか完璧すぎるって、逆にちょっと引いちゃうのよね」
「あら、そうでしたの。ちょっと安心しましたわ」
「ん? アレックスが私の好みじゃないと、どうしてマルネーヌが安心するの?」
「ふふ。それは秘密ですわ。ところでシャルロット様はどんな御方が好みなのでしょう?」
「ちょっと影のあるミステリアスな人かなぁ」
「クロードさんみたいな人のことですね?」
「そうそう、あいつみたい……って、違うわよ! な、何を言わせる気なの!?」
「あっ。もう着きましたわ!」
マルネーヌの館に到着すると、大勢の使用人たちがズラリと並んで待機していた。
その一番奥に、ひと際背の高い青年が目に入る。
上下を白の軍服で固め、背筋がピンと伸びた美しい立ち姿――。
あれがアレックスね。
最後に彼に会ったのはまだ私が5歳の時だから、10年以上ぶりの再会ということになる。
身にまとうオーラが周囲とはまるで違うわ。
物語か絵画の世界から飛び出してきたみたいだ。
馬車を下りた私は堂々と中庭を闊歩していき、アレックスの前に出た。
アレックスが立膝をつき、頭を下げる。
「王女様。ようこそいらっしゃいました」
低くて、透き通った声。見た目と同じくらい美しい。
でもここで気後れしたらカッコ悪いわよね。
私はずいっと胸を張って返事した。
「久しぶりね、アレックス。近頃はずいぶんと忙しいようね。王宮に帰ってきたのも
1ヶ月ぶりって聞いたわよ」
「ふふ。仕方ありませんわ。お兄様は王国で最強といわれた騎士団の団長として、世界中を飛び回っているのですから!」
マルネーヌが我がごとのように自慢げに言った。
気恥ずかしさをあらわすような苦笑いを浮かべたアレックスは、「では屋敷の中へご案内いたします」と言って、流れるように背を向ける。
するとそれまで背後に控えていたクロードが私の横に並んで目配せしてきた。
――俺のことを紹介してくれ。
ということだろう。
ふん、そんなの分かってるわよ。
私はアレックスの背中に鋭い声を突き刺した。
「ちょっと待ちなさい。どーでもいいことだけど、一応紹介しておくわ。ここにいるのは私の執事のクロードよ」
「執事、ですか……」
振り返ったアレックスの表情は「本当にどうでもいいことですね」と聞こえてきそうなくらい渋い。
……が、クロードが頭を上げた瞬間、アレックスの目が大きく見開かれたのである。
「はじめまして。シャルロットの執事をしているクロードだ」
「あ、ああ。は、はじめまして」
さっきまでの甘美な声はどこへやら。
明らかに動揺している。
いったいどういうことなのかしら?




