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◇◇
世界中を恐怖で震わせているグリフィン帝国の暗殺集団。
その中でも飛びぬけた能力を持ち、カリスマともあおがれていた『漆黒の死神』。
実は男と女の2人組だと言う。2人とも黒髪だったことから『漆黒の死神』というあだ名がついた。
そしてアッサム王国の若き戦士アレックスに討たれたのは男の方で、女は姿をくらまし、未だに行方知れず。
彼らが消えてから、グリフィン帝国の皇帝は床に伏せることが多くなり、アッサム王国に対して『負け』に近い和平を結んだ。
こうして長く続いたアッサム王国とグリフィン帝国の戦争は終止符が打たれ、アレックスは一躍英雄に登り詰めた――。
アッサム王国の若い女性の多くはアレックスのファンらしい。
うっとりとした表情で侍女たちが彼の武勇伝を語っているのを、クロードはベッドで仰向けになりながら冷めた表情で聞いていた。
「あいつが英雄ね……。おめでたいもんだ」
ゆっくりと息を吐いた後、目をつむる。
シャルロットは今、マルネーヌの館へ『遊び』に行っている。しばらく帰ってこないだろう。
あっという間に眠りに落ちたクロードは、『過去の記憶』の中に降り立ったのだった。
◇◇
「クロード。敵に囲まれた」
クロードの相棒の少女――アンナが、色のない声をあげた。
二人とも闇夜にまぎれる黒い装束に身を包んでいる。
「数は……足音からして、およそ100か」
アッサム王国の東の果てにある森の中。
情報屋からグリフィン帝国の機密情報を持ち出した裏切者がここにいると聞き、昼夜を問わずに駆けつけたものの、それは敵の罠だった。
「隙を見て東の方向へ逃げるぞ。国境を越えてしまえば、敵は追ってこられない」
「クロードも一緒に」
「後で必ず合流する。だから先に行け」
「一緒じゃなきゃイヤ」
「ダメだ。アンナが先に行くんだ」
口元は装束で覆われているから表情は分からない。だがアンナの目は固い決意で輝いている。
クロードは小さなため息をつくと、小声で魔法を唱えた。
「マインド・チェーン」
目を合わせた相手を意のままに操る精神魔法だ。
伝説の賢者しか使いこなせないとされているこの魔法を、クロードは得意としていた。
「い……や……」
涙を流しながら抵抗するアンナに対し、クロードは容赦せず魔法をかけた。
そうして自分が囮になった隙をついて、彼女を東へ走らせた。
迫りくる敵軍。一番奥にいるのは大将のアレックス。白銀の鎧に身を包んだ彼の号令で兵たちが一斉にクロードに襲いかかる。
だがクロードはまったく慌てなかった。
「命のいらないヤツからかかってこい」
両手に短剣を持ち、たった一人で敵兵に立ち向かう。
目の効かない暗闇は、超人的な聴覚を持つクロードにとって、非常に有利な場所だ。
それでも多勢に無勢。まさに死闘を繰り広げた。
無数の傷を負いながらも、クロードは一人また一人とアッサム王国の兵を倒していく。
最後の一人は金髪で見るからに高貴な身分の青年アレックス。クロードは彼の頬に深い傷を負わせ、とどめを差そうとした。
しかし一枚の紙きれに目が留まり、手が止まった。描かれていたのは少女の似顔絵だった。
「それは俺の妹だ」
「妹……」
「両親はもうこの世にいない。俺が死ねば妹はたった一人になる」
「妹をだしにして命ごいをするつもりか?」
「いや、そのつもりはない。だがもし一つだけ願いを聞いてもらえるなら、俺を『風呂』に入れてもらえないか」
「は? 風呂?」
「私は風呂の中で死ねたら本望だ! 頼む!」
「いや、言っている意味が分からんぞ」
「おまえにも愛してやまないことがあるだろ? 俺にとっては『風呂』なんだ。罪人だって『最後の晩餐』が許されるのに、罪もない私は『最後のひとっ風呂』すら許されないなんて理不尽な話があるか! 頼む。もし俺を風呂に入らせてくれたら、必ず恩返しするから」
この時、クロードは不覚にもアレックスに同情してしまった。
ああ、こいつは俺と同類だ――そう考えた瞬間、手にした武器が動かなくなってしまったのである。
その隙をついてアレックスは逃げ出した。
「クロード! 何をしてる!? 追え!!」
クロードを助けにきた同僚の叫ぶ声がする。
だが彼はその場から動けなかった――。
◇◇
いつも通りにそこで目が覚めた。
寝起きに弱いクロードは、じっと何もせずに体が言うことを聞くのを待つ。
それからゆっくりと起き上がり、衣服を整えた。
(もうすぐ帰ってくるな)
窓を開けて外に耳を傾けた。
ガラガラと馬車の車輪が回る音が遠くに聞こえてきた。
だがその音はいつもよりもわずかに低い。車輪に負担がかかっている証だ。
思わず目を丸くした。
(シャルロットが誰か連れてきた、ということか)
いったい誰を……なんて考える必要なく、マルネーヌに決まっている。
相手は貴族令嬢だ。それなりのもてなしを用意せねばならない。
クロードは急いでロビーへ向かった。




