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◇◇


 日が傾きかけた頃。

 私、シャルロットを乗せた馬車が屋敷に戻った。


 出迎えはクロードと……食べ物に目がないって噂の……そうそうメアリーだったわね。その2人だ。

 

「「おかえりなさいませ」」


 こういう決まりきったセリフだけは敬語が使えるようになったのね。

 ……別に感心してるわけじゃないけど。

 深く頭を下げているクロード。

 柔らかそうな黒髪が、そよ風でかすかになびいている。


 ――ドクン……。

 

 胸が音を立てたのはなぜ?

 私はずっと部屋に閉じ込められてきたから、他人に対する感情について、分からないことばかりだ。

 でももうすぐこの世からいなくなる運命。

 今さら何かを知ろうという気にはならない。

 ただ気分よく毎日を過ごして、その時がきたら潔く首をはねられたい――。


 それなのに……。

 クロードの姿を見たとたんに襲ってきた感情の正体を知りたくて仕方ない自分がいる。

 

 とにかく彼は、私を困惑させる存在であることだけははっきりしているのだ。

 だから……。


 一刻も早く私の世界からいなくなって欲しい!



「調べものがあるの。だから王国百科事典、全30巻を私の部屋に持ってきなさい。クロード。いいわね?」

 


 クロードとメアリーが顔をあげる。

 クロードはいつも通りの無表情だが、メアリーの方は、まるで自分が命じられたかのように顔を引きつらせている。

 彼女はボソッとつぶやいた。


「1冊だけでもスイカのように重いのに……」


 だからなんだって言うのよ。

 私はもう決めたの。容赦しないって。


「できない、とは言わせないわよ。私が部屋に着くまでに揃えておきなさい」


 ふん、これならできっこないわね。

 だって私が自分の部屋に戻るまではせいぜいかかって5分くらいだもの。

 その間に図書室へ行って、30冊の重い百科事典を部屋に持っていくなんて、たとえ神様でも不可能に違いない。

 

 しかしクロードは表情をまったく崩そうとしない。

 それどころか口元にかすかな笑みを浮かべているじゃない!

 まるで「やりがいのある挑戦だ」と言わんばかりに。


「なにがそんなにおかしいのよ」

「いえ、別に」

「言いたいことがあるなら、ちゃんと言いなさいよね! 私、うじうじした男って大っ嫌いなの! そうよ! 私はあんたのことが嫌い! 嫌い、嫌い! 大っ嫌いなんだから!!」


 溜まっていたうっぷんを、言葉に出して一気に晴らす。

 クロードは相変わらず眠そうな顔を私に向けたまま、口を開いた。


「では言うが、命令を遂行できたあかつきには、願いを一つ聞いてもらいたい」

「願い? ふんっ。いいわ。その代わり、できなかったら……」

「クビだろ」

「よく分かってるじゃない」


 どうせできっこないわ――自然と口元が緩む。

 ペコリと頭を下げたクロードは、次の瞬間には風となって消えていったのだった。


 

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