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◇◇
シャルロットがマルネーヌの部屋で並々ならぬ決意を固めていた頃。
シャルロットの館の廊下を歩いていたメアリーが重いため息をついているのを見て、クロードは首をかしげた。
メアリーはクロードより3つ年下の20歳。リゼットに次いで2番目に歴が長く、ちょっとのことでは動じない性格の持ち主だ。
(どうしたんだろう?)
そう不思議に思っていると、彼女は何もないところでつまづいた。
「きゃっ!」
短い悲鳴をあげる。
このままでは前のめりに転んで、顔を打ってしまう……。
「させない」
クロードは腰を低くして爆発的に加速した。
そして、
――ガシッ!
地面すれすれで、なんとかメアリーを抱きかかえることができたのだった。
「大丈夫か?」
メアリーの体をぐいっと引き寄せる。
顔と顔がくっついてしまいそうなくらい近い。
ふわりと甘い香りが鼻をつき、マシュマロのように柔らかい感触が全身をくすぐる。
メアリーは顔を真っ赤にしてクロードから離れた。
「あ、ありがとう。相変わらず凄い反射神経ね」
「俺のことはどうでもいい。それよりいったいどうしたんだ?」
「ちょっと考え事してたら、足がもつれちゃったの」
どんな時でも明るくて前向きなのに、今日は声の調子がいつもより重い。
クロードはメアリーの前に回り込み、肩をつかんで目を合わせた。
可愛らしい丸顔に、わずかな緊張が混じる。
「顔をよく見せろ」
「ど、どうして?」
「いいから」
クロードがメアリーを見つめる目に力を入れる。
メアリーは唇を噛みしめながら、困ったように視線を泳がせた。
するとクロードは納得したかのように大きくうなずいた。
「やっぱりな」
「な、なにが?」
「疲れてる。それに悩みがあるだろ」
「えっ?」
「全部話せ。仕事で失敗されたらこっちにとばっちりがくるからな」
「はぁ……。分かったわ」
ため息をついたメアリーは、ぼそりぼそりと話し始めた。
「王妃ローズ様……つまりシャルロット様のお母さまは、ここを辞めていった人たちみんなに『配置換え』をお命じくださるの」
「なるほど。次の仕事探しに困らないようにってことだな」
「そうよ」
「シャルロットから受けた酷い仕打ちを外に漏らさせないための『取引』だな」
「まあ、そんなところね。私なら職よりも食が欲しいけどなぁ」
どんな時でも好きなことには執着するその精神。
自分と共通しているものがあるな、とクロードはいらぬところに感心した。
「分かった。じゃあ、その配置換えとメアリーの悩みに何の関係があるんだ?」
「それはね……。みんな『配置換え』をしたがってるのよ。みんな辞めちゃったらどうしよう、って考えたら心配で心配で、今日の朝食なんてパン5つしか食べられなかったんだから」
いやいや5つも食べればじゅうぶんだろ、ってつっこむべきなんだろうか。
いや、本題はそこじゃないよな、とクロードは思い直す。
「どうしてみんな『配置換え』を望んでいるんだ?」
「実はね。ここを辞めた侍女から手紙がきたのよ。『今は5日に1日も休日をもらえるから、とても生活が充実してるわ! 彼氏もできて、すごく幸せ!』って。それでみんな羨ましがっちゃって……。休みが欲しいって言いだしたの」
「シャルロットはそのことを知っているのか?」
「ええ。リゼットさんから話してもらったわ」
「んで、どんな反応なんだ?」
「そんなわがまま許すわけないでしょ! 黙って働きなさい!」
メアリーがシャルロットを真似る。
意外なほどにそっくりで、クロードの口元から笑みが漏れた。
「笑いごとじゃないわ。みんなすごく怒っちゃってね。みんなで王妃様へ配置換えを王妃様に直訴するって」
「いつ?」
「明日」
「明日か……。急だな」
「仕方ないわよ。だってクロードも休日が欲しいでしょ? 全然、休んでないし」
そう言われてみれば、クロードは一度も休日をもらった覚えがない。しかし、まったく気にしてなかった。
そもそも彼の人生には休日という概念すらなかったからだ。
1日23時間、いつだって仕事に集中していなくてはならなかった。
でなければ命の危険があったからだ。
その癖は未だに抜けていないし、もはや当たり前になってる。
だから「休日が欲しい」という考え方がいまいちピンとこなかったのだ。
「ちなみに聞くが、休日をもらったら何をしたらいいんだ?」
「は? それは人それぞれでしょ。外へ出て羽を伸ばすもよし。部屋でゴロゴロするのもよし」
「部屋でゴロゴロ……」
ということは24時間も爆睡できるということか! なんという贅沢……! ちょっと前までなら約1ヶ月分の睡眠時間に匹敵するじゃないか!
自然とクロードの顔がにやける。
「私はお肉の美味しいレストランでランチして、カフェでパフェを食べて、夜はブッフェで……。むふふ。食べて、食べて、食べまくりたいわ! ああ、私もお休みが欲しくなってきちゃったなぁ――」
うっとりしながらつぶやいたメアリー。今の彼女の頭の中は、休日というよりは食べ物のことでいっぱいに違いない。
クロードは彼女の言葉に耳を貸さず、その手をがっしりと握った。
「よし、決めた! なんとしても休日を手に入れるぞ!!」
目をぱちくりさせて、頬を赤らめるメアリーをそのままにして、クロードはシャルロットの部屋に向かった。
(どうやってシャルロットから休日をもぎ取ったらいいのか……。それが問題だ)
しかし今は何も思い浮かばない。
だからシャルロットのベッドで横になって、じっくりと考えることにしたのである。
「ふわぁぁ。今日も最高だな」
柔らかな布団。どこまでも沈んでいってしまいそうな錯覚に陥る。
クロードは幸せな気分に包まれながら、意識を遠くへ飛ばしたのだった。




