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「はっ?」


 振り返った私に、クロードはずいっと水筒を差し出してきた。


「何よ? これ」

「イチゴのクッキーを見て喜んだマルネーヌは『よろしければ一緒にいただきません?』とおまえを誘うだろうよ。だから甘いお菓子にあう、爽やかなレモンティーを用意しておいた」

「ちょっと待ちなさいよ! 彼女のところへ『様子見』するだけって言ったでしょ! お土産を渡したらすぐに帰るつもりなんだから!」


 顔がカッと熱くなり、胸がドクドクと音を立てる。

 頬は真っ赤に染まっているに違いない。

 でもクロードは私の変化に気づいていないのか、表情一つ変えずに淡々とした口調で続けた。


「楽しいお茶の時間が終わったら、『一緒にお出かけしません?』と誘ってくるだろうよ。そうしたらこう答えるんだ。『あら、ちょうどよかった。この子と散歩しようと思っておりましたの』と」


 あぜんとして言葉がとっさに出てこない。

 クロードはその隙をつくようにして脇に抱えていた真っ白の子犬を私に押しつけた。


「以上だ」


 場がしんと静まり返り、子犬の「ハッハッ」という荒い息遣いだけが耳に入る。

 私は静寂を破った。


「こ、これじゃまるで、私がマルネーヌのところへ遊びにいくみたいじゃない!!」


 声が上ずる。

 心臓もはち切れんばかりだ。


 胸の内側で、緊張、興奮、不安といった色んな感情がごちゃ混ぜになって渦巻く。

 

 ――もしかしたら生まれて初めて友達ができるかもしれないわ!

 ――本当にいいの? ローズお母さまから「誰とも仲良くしてはなりません」って言いつけられてるじゃない。

 ――マルネーヌの館はここから少し離れているし大丈夫よ。それに好き勝手生きるって決めてるんだから、そんな言いつけなんて関係ないわ!

 ――でももしマルネーヌが私と仲良くしたいと思っていなかったらどうするの?

 ――それは……。


 

「大丈夫。絶対に仲良くなれるから」



 そよ風のようなクロードの声が鼓膜を震わせる。

 目が自然と大きく見開かれ、口が上手に動かせない。

 それでも不思議なことにクロードの言葉で不安がすっと消えてなくなった。

 石のように固くなってしまった私をよそに、侍女たちはすべての荷物を馬車に運び終えた。


「日が暮れる前には戻ってくるんだぞ」


 まだお昼前。いつも通りならランチタイムには戻ってこれる。

 いつも通りなら……。


「うるさいわね! だ、だからただ様子見するだけだって!」

「そんなに怖がらなくていいから」

「なんで私が怖がらなきゃなんないのよ! 全然怖くなんてないんだから!」

「余計なおしゃべりはここまでだ」


 侍女たちの目が一斉に私に向けられる。

 みんなが「早く馬車に乗ってください」と言いたいのは、痛いほど伝わってきた。

 分かってるわよ!

 私だってこんなところでモタモタしたくないもの。

 一歩ずつゆっくりと馬車の方へ足を運ぶ。

 そして中に乗り込んだはいいものの、ドアを閉める手が震えて動かなくなってしまった。

 

 怖いのだ。

 これまでただの一度だって誰かと仲良くしたことなんてないのだから……。


「ま、待って! も、もし話題に困ったらどうしたらいいのよ?」

 

 情けない声が口をついて出てくる。

 けどクロードは何でもないようにさらりと返してきた。


「だから怖がらなくても大丈夫だって」

「なんでそう言い切れるのか、って聞いてるの!! 答えなさい! クロード!」


 どうせ何の根拠もないに決まってると考えていたのだが、ニコリと微笑んだクロードは意外なことを口にしたのだった。



「マルネーヌはシャルロットと同じ趣味(・・・・)を持ってるからだよ」



 どういうこと……?

 私が何も言えなくなってしまった間に、クロードの手によってドアがパタンと閉められた。

 

「では」


 短い彼の合図とともに、馬車はゆっくりと門に向かって走り出した。 


 

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