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◇◇


 残り時間はもうほとんどない。

 けどクロードが玄関から出てくる気配はまったくなかった。

 このままなら彼をクビにできる――。

 念願のはずなのに、なぜかちょっぴり焦っている自分がいる。

 

 どうして私が焦る必要があるの?

 

 お気に入りの薄いピンクのドレスのすそをキュッとつかむ。

 私はできる限り嬉しそうな声を出すことでモヤモヤを吹き飛ばそうとした。

 

「5、4、3――」


 ……と、次の瞬間だった。

 ぶわっと一陣の風が吹き抜けていった。

 同時に砂ぼこりが舞う。

 その砂ぼこりの向こう側に、なんとクロードのシルエットが目に飛び込んできた。


「待たせたな」


 いつも通りの低い声。澄まし顔には汗一つかいていない。

 そんなクロードの姿に、思わず「ちっ」と舌打ちが出る。


「どうした? 俺があらわれたのが予想外だったって顔に書いてあるみたいだが」


 確かにそれもある。

 でも「時間に間に合ったのは当たり前」と言いたげな彼を見て、勝手に焦っていた自分がバカみたいに思えたからだ。

 もちろん本心なんて言えるはずもなく、


「う、うるさいわね! 今から必要なものを言ってあげる。もし一つでも欠けていたら……。即刻クビよ」


 と話を前に進めた。


「ああ、分かってる」


 さらりと言ってのけたクロード。自信たっぷりの目で私を見ている。

 やっぱりムカつく。

 絶対に1個くらい欠けているものがあるに決まってる。

 じゃないと10分で支度をするなんて無理だもの。

 ふふ、いいわ。化けの皮をみんなの前ではがしてやるんだから!


「じゃあ、まずは……馬車の中で読む本」

「これだ」

「どんな本よ?」


 クロードが本を差し出してくる。

 『アッサム王国史第15巻』と書かれた表紙。

 こんなの読みたくない。

 私の好みを見抜けない時点で執事失格ね。

 よし、これで彼をクビにできるわ!

 私が口を開きかけた直前、


 ――パラッ。


 クロードがさりげなく本を開いた。

 そのページが目に映ったとたんに、私の口はだらしない笑みを作った。


「うへっ」


 『アッサム王国史第15巻』に絶対ありえないイラストだ。

 だって切れ長の目をしたイケメン王子が背後から王女を優しく抱きしめているシーンなのだから。


 間違いない……!

 この本の中身は『追放された悪役令嬢は、イケメン第二皇子に溺愛される』だわ。


 私の好みのど真ん中じゃない!

 ぐぬぬ……。おのれクロード。私の弱いところをついてきたな……。


「し、仕方ないわね。本当は堅苦しい本なんて読みたくないけど、王女たるもの、自分の国の歴史を知らない訳にはいかないものね。その本で許してあげるわ」


 苦し紛れの言い訳に対して、クロードは「そうか」と興味なさそうに返事をして、見送りにきた侍女に本を手渡した。

 その侍女が本を馬車へ運びにいき、次の侍女がクロードの横に立つ。

 こうなったらとことんやってやるわ!

 覚悟なさい!

 私は声を再び響かせた。


「化粧ポーチ!」

「フリフリがついたゴージャスなもの」

「ハンカチ!」

「肌触り抜群のシルク製」

「日傘!」

「開いたら可愛らしいシルエット」

「手袋!」

「行き用と帰り用で分けておいた」

「香水!」

「エレガントな香りで、保湿効果とリラックス効果のある、バラの香水」

「お土産!」

「マルネーヌの好物であるイチゴジャムがサンドされたクッキー。ラッピングもしてあるからな」


 な、な、なんなのよ……。こいつ。

 わずか1ヶ月のうちに私の好みだけじゃなくて、マルネーヌの好みまで把握していたと言うの?

 ありえない……。


「あんた……。これ全部、一人で用意したの? わずか10分の間に」


 クロードは何事もなかったように、コクリとうなずいた。

 嘘をついているようには思えない澄んだ瞳だ。

 信じられないけど、認めざるを得ない。


「……もういいわ。必要なものは全部そろってるから」


 クビにするのはお預けね。

 ガッカリするところなのに、なぜかホッとしている自分が鬱陶しい。

 もうあいつのことを考えるのはやめて、早く『様子見』にいこう。


 小柄なマルネーヌの可愛らしい顔立ちが頭に浮かぶ。

 両親が有力貴族だったこともあり、小さな頃はよく王宮に出入りしていたっけ。

 昔の私は引っ込み思案だったから、マルネーヌに自分から話しかけることはできなかった。

 でも彼女のことはよく知っている。

 誰に対しても優しくて、お兄ちゃんのアレックスことが大好きな女の子だった。

 

 喜んでくれるかな……?

 イチゴジャムのクッキー。


 ……って、別にマルネーヌに喜んでもらうために行くわけじゃなかったわ。

 ただの様子見よ。臣下しんかが元気に過ごしているかチェックするのは王族としての務めってだけなんだから!


 それに私は他人に興味を持ったらいけない運命を背負っているのだ。

 こうして館を出ることすらリゼットは良い顔をしないというのに……。


 ああ、もういいっ!

 なんか最近は調子が狂うことが多いわ。

 それも全部クロードのせいよ!

 次は絶対にクビにしてやるんだから!

 

 気持ちを切り替えて馬車に向かう。

 リゼットが金で装飾された馬車の扉を開ける。

 しかし中に入ろうした私の背中に、クロードの低い声がかけられたのだった。


「ちょっと待ってくれ。まだ終わりじゃないんだ」


 え?

 いったいどういうこと?




 

 



 

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