10
◇◇
あと3分――。
迫りくるタイムリミット。
しかしクロードは冷静だった。
「さてと、あとは……」
赤いじゅうたんが敷き詰められた長い廊下を、両手いっぱいに荷物を持ちながら進む。
「おっ、ここか!」
ひときわ古い木製の扉を、肘で器用に開ける。
入ったのは、ずらりと書棚が並ぶ図書室だ。
「おや、クロード。今日は何の用かね?」
にこやかに話しかけてきた丸眼鏡の爺さんの名はドギー。図書室の司書になって40年という超ベテラン。
クロードは早口に、それでも穏やかな口調で答えた。
「シャルロットが馬車で読む本を取りにきたんだ」
「そうじゃったか。して、どんな本をご所望かな?」
「そこのテーブルに置いてある本だ。こんなこともあろうかと、昨晩のうちに用意しておいたんだ。ああ、それだ。俺の右の脇の下に挟んでくれ」
「ふむ。『アッサム王国史』なんて持っていっても王女様はお喜びにはならないのではないかのう……。むむっ? これは……。ほほっ。相変わらず準備が良いのう。ほれ」
「ありがとう。では、また」
「うむ。気をつけるんじゃぞ。なにせ王女様は短気じゃからのう。これまで言いつけを守れなかった執事が何人クビに――」
ドギーの話を最後まで聞かずに、図書室を出る。
もうほとんど時間はない。
しかしクロードは慌てない。
彼は前の仕事で、ギリギリのところで命のやり取りをおこなってきた。しかも一度や二度ではない。何十回と繰り返してきたのだ。
その経験がここにきて活きていた。
この先はロビーだ。
そこで待っていたメアリーと目を合わせた瞬間に、彼は鋭い口調で問いかけた。
「例のものは!?」
「ばっちりよ!」
メアリーが髪を揺らしながらクロードの元へ駆け寄ってくる。
「よし! そいつを左の脇の下に!」
「え、ええ。でもなぜこの子が必要なの?」
彼女が抱えているのは真っ白な毛並みでフワフワの小型犬。
舌を出して、くりっとした目を輝かせている。
クロードはその犬を左脇に抱えた。
「悪い。それを答えている暇はなさそうだ」
「そうね。もう時間がないわ! あと10秒!」
まだ玄関の扉までは距離がある。
歩いてたんじゃ、とうてい間に合わない。
「仕方ないな」
ちょっとだけ本気を出すか――。
クロードは足に力を入れて大理石の床を蹴った。
――ドンッ!!
爆発したような音ともに一陣の風が巻き起こる。
「きゃっ!!」
メアリーの大きなスカートがふわりと浮き、天井からぶら下がっているシャンデリアが揺れたが、クロードは気を留めず扉の向こうへ消えていった。




