隠れ人-3-
レヴィアが言う「奥庭」に案内されてみれば、そこは「庭」というよりも、敷地につながる森を拓いたような場所だった。
周りは木々ばかりで、屋敷の影さえ見えない。
こんな不便な場所になぜ小屋があるのかとジーグが尋ねると、屋敷を嫌った園丁が自分で暮らすために建てたのだと、レヴィアは答えた。
「すごく無口で、ちょっと変わった人、だったんだ。でも、僕なんかにも、優しい人、でね。それで、ほかの使用人から、いじめられちゃって……。どうぞ」
一歩小屋に足を踏み入れたジーグは、外観の簡素さに似合わない凝った造りに目を見張った。
沢の水を引き込んだ水場つきの作業部屋があり、ふたりが楽に休める広さの居住部屋もある。
小屋の前には広い畑もあった。
そして、その隅に建てられた納屋には農作業道具だけではなく、乾燥させた多種多様の薬草やきのこ、酢や酒に漬けられた野菜や果実を貯蔵しているという。
「その小さな体で、これだけのものを維持してるのか。……いや、馬鹿にしたわけではないぞ」
少し口を尖らせたレヴィアに気づいたジーグに、苦笑いが浮かぶ。
「わかってる、よ。……最初はね、園丁が全部、やってくれてたんだ。教わりながら、一緒にやって……。ひとりでもできるようになったころに、急に、いなくなっちゃったんだ」
ケガ人を寝かせたあとで、一通り畑を案内したレヴィアは端に植えられた低木の前で足を止めた。
「それからはひとりで?」
「うん」
「そうか……」
尖った葉が密に重なり合う枝を摘み取るレヴィアの頭に、ジーグが腕を伸ばそうとした、その瞬間。
レヴィアはビクリと身を震わせて、腕で頭をかばいながら後ずさった。
「……驚かせたか」
「えと、あの」
「すまなかった。確か、この木は薬木だな」
「うん、そう。えと……、知ってる、の?」
上目遣いでうかがいながら、レヴィアはジーグの隣におずおずと戻ってくる。
「浸出油が痛み止めとして有名だからな。だが、なぜ二株両方から枝を切り取ったんだ?」
「えと、これはね、使い方で、分けるんだ」
「使い方?」
レヴィアが差し出した枝葉にジーグが顏を寄せると、涼やかな、鋭く強い芳香が鼻をくすぐった。
「左のほうが、香りが強い。右は、薬効が高い。だから、薬やお茶には、右。左は、香気で気分がすっきりする」
「素人には同じように思えるが……。種類が違うのか?」
「種類は、同じ。産地が、違う。育つ土地によって、特徴が変わる。面白いでしょう? ……こっち、枕元に、置いてあげて? 少しでも、気分が良くなると、いいね」
「そう、だな」
「食事とか、どうしてた、の? 食べられてる?」
「今までは、ろくなものも用意できなかったからな」
「そっか。……明日の夜は、用意してくる、よ」
「お前が?」
「うん」
妙に強く言い切ったレヴィアをいぶかしみながらも、ジーグは黙ってうなずいた。
◇
約束の夜、橙色の液体が入った器を手にレヴィアが小屋へやってきた。
扉の開く音に立ち上がったジーグだが、入ってきたその姿を目にした途端、その動きを止めた。
「その頬はどうした?」
「えっと……。森で木にぶつかった、の。前をよく見てなかった、から」
腫れた頬を隠すようにうつむくレヴィアを、ジーグは黙って見つめる。二人の間に、しばし沈黙が落ちた。
「レヴィア」
「……」
呼びかけても、レヴィアは口を引き結んだまま口を開かない。
ジーグはそれ以上問いただすのを諦め、再び椅子に腰を下ろした。
「何を持ってきてくれたんだ?」
「あの、ね」
おずおずとした様子でレヴィアはジーグを見上げる。
「芒果を、つぶしてみたんだ。川で冷やすのに、時間がかかっちゃって。……遅くなって、ごめんなさい」
「芒果? トーラでは採れないだろう。暖かい地方の特産物だし、かなり値が張るはずだが」
「えっと、厨房に、あった、から」
「だが」
「ほら、早く持って行って。ぬるくなっちゃう、よ」
「……わかった」
いつになく強引なレヴィアに芒果を手渡されたジーグは居室へと戻り、――それから、半刻ほどののち。
「食べられた?」
「ああ、全部。……ありがとう、レヴィア」
「よかった、ね」
レヴィアはジーグが差し出した手に指先でそっと触れると目を細め、唇をほころばせた。




