隠れ人-2-
たっぷりの水で満たした水筒を渡してそのまま見ていると、男の抱えている人物は「よくない」どころではなさそうだった。
顔のほとんどまでをも覆う布には血が滲み、ほんの一口水を飲んだあとは、またぐったりと動かなくなってしまう。
「ここは、夜、冷えるよ?」
「わかっている」
「火は、おこさない、の?」
「ああ」
「ほかの場所、探す?」
「いや」
移動を勧めても男は断るばかりだったが、なぜか諦める気持ちになれなかった。
その理由は自分にもわからないけれど、去りがたい思いに足は動かない。
「でも」
「封じる口はないと言ったな。話す者などいないと。しかし、お前が身に着けているものは、市井の者がおいそれとは買えない上等品だ。靴だって高級な革を使っている。それなりの家の者である幼いお前が、遅くまで帰らなければ心配されるだろう。私たちのことなど気にせず、もう帰れ」
「幼いって言うけれど、いくつだと、思ってるの? 僕、春が来たら、十四歳になる、はず」
「?!」
鉄仮面のように表情を動かさなかった男の顏に、怪訝と驚愕の色が浮かんだ。
「十四? ……十四か。そうか、すまない。十にまだなっていないのかと。ん? 僕、だと? ……男児だったのか」
「うん」
年齢より幼く見られることにも、女児に間違われることにも慣れている。
小柄で細く、声も高い。
しかも、家令や使用人たちによると、この顔は母に似ているという。
――父君様を騙した、忌々しい虫に瓜二つだ。資産にたかってきた虫けらに――
自分を見下ろす家令の言葉や目つきを思い出すと、胸がキュゥと痛くなった。
「僕はね、資産家の隠し子、なんだって。父上は、滅多にいらっしゃらないし、使用人たちも、僕に、興味はない。屋敷は無理だけど、奥庭に、僕だけが使う、作業小屋が、あるんだ」
「そこにだって使用人は来るだろう」
「来ない、よ。畑があって、いろんなワナが、あって、ね。引っかかった使用人が、酷い怪我を、してからは、誰も。僕も、いつも、いるわけじゃ、ないし」
動きそうもない少年しばらく眺めたのち、男はひとつため息をついた。
「……では、世話になるからには名を教えてくれ」
「レヴィア」
「そうか、とても良い名だな。この国の神一族、泉の神の名をもらったのか」
「あなたは、トーラの人、なの?」
ぼさぼさの前髪からのぞいている、レヴィアの黒い瞳が大きく見開かれる。
古い神話のなかでわずかに語られるだけの神の名を、ディアムド語を話すこの男が知っているとは思わなかった。
――端くれ神の名などつけられて。よっぽど要らぬ子だ――
年配の使用人から聞こえよがしに言われたそのときは、「端くれ」の意味はわからなかったけれど。
その顔に浮かぶ小馬鹿にした冷笑は、レヴィアの胸を凍らせるのに十分だった。
「いや、大陸中央の出身だ。私の名はジーグ。レヴィア、ありがとう。身を寄せさせてもらおう」
深く首を垂れてからジーグが顔を上げれば、そこにはうつむきモジモジとしながらも、嬉しそうにしているレヴィアがいた。




