父と子‐5‐
ガキィンッ!
「そこまで!」
乾いた衝撃音とともに父親の剣が宙を舞い、床へと弾き飛んだ。ジーグの声が鋭く勝負を止める。
「ああ、成長したな。本当に」
差し出した手を取ったレヴィアを力強く引き寄せ、父親はその黒い瞳を見つめた。
「お前がつらい思いをしていることは知っていた。許してくれとは言うまい。だが、よくぞここまで、独り生き抜いた。リーラの言ったとおりだ」
「……リーラ?」
「お前の母の名だ。覚えてはいないか」
「……はい」
「そうか」
父親は小さく息を吐き、握っていた息子の手をそっと離した。
「リーラの持ち物はほとんど焼けてしまって、本のほかには、お前の手元に残してやれるものがなかったからな。ああ、毛布は持たせたか」
「毛布? ……白地に、青い模様の?」
うなずき、父親は床に視線を落とした。
「リーラの嫁入り道具のひとつで、私の部屋に紛れていたのだ。アガラムでは、あの模様には魔除けの意味があってな。大切な者への贈り物にしか使わない。リーラはあの毛布で赤ん坊のお前を包み、それは大切そうに抱きしめていた」
「そう、だったんですか……」
覚えてはいない。それでも、母の想いはあの毛布に宿り、ずっとそばにいたのだ。そう思うとレヴィアの胸は熱くなる。
「まだ持っているか?」
「今でも、使っております」
「そうか。使ってくれているか。畑も開墾したのだったな」
父親は目元に隠しきれない愛しさをにじませ、そっと目を上げた。
「血は争えないということか。リーラは代々、医薬に携わってきた家系の出だ。巫女を輩出する家柄でもあってな。お前が生まれたとき、リーラは占術を用いてこう告げた。『この子は類稀な星と出会う定めを持ちます。慈しみ合った両親のもとに生まれた命。きっと大丈夫』と」
「恐れながら父……、陛下」
「父でよい。ここには、信頼し合う者しかいないだろう」
「慈しみ合う」「信頼し合う」。思ってもみなかった言葉に、父を前にするたびに感じていた重苦しさが、淡雪のように解けていく。
「父上、私はひとりで生きてきたのではありません。この屋敷にあるものは、すべて父上のものです。畑も、園丁が整えてくれたのです。ただ、途中で姿を消してしまって……。その後、どうしているか……」
「元気にしているぞ。ずっとお前のことを案じている」
「え?」
「あいつは私の側近だ。リーラが冥府へ旅立ったのち、ひとり残されたお前が心配だった。もう少し長くそばに置いてやりたかったのだが、国政も難局が多くてな。予定より早く呼び戻してしまって、済まなかった」
「元気なら、よかった! 僕のせいで辞めさせられちゃったって、思ってたから。あっ……」
心配していた園丁の消息が聞けたのが嬉しくて、つい口調が戻ってしまったレヴィアは、慌てて片手で口を押さえた。
「陛下」
微笑み、息子を眺めている国王の傍らにジーグが膝をつき、拾い上げた剣を捧げた。
「ありがとう。貴君らには、これからもレヴィアを頼みたい。近くにいられない私の代わりに、師として、良き友人として」
受け取った剣を腰に戻しながら、国王はジーグを立ち上がらせる。
「もったいないお言葉にございます。誠心誠意、努めさせていただきます」
トーラの正式な礼をとったジーグに、国王は深くうなずき返し、息子の肩に手を置いた。
「レヴィア、お前の願いを聞き入れよう。これから、いくらかの手続きをするが、貴君らはどうされる?」
「私たちは、陛下と殿下の決定に否はございません。どうぞご存分に、使用人たちとお話し合いください。ああ、ただひとつだけ」
ジーグが耳打ちに表情を険しくした国王は、レヴィアを伴って広間をあとにした。




