父と子‐4‐
すっぽりと雪に覆われた中庭を見渡せる広間に入ると、父親は腰の剣を抜き、刃を確かめるように目の前にかざした。
「ふむ、誰もついてこないのか。……審判役をどうするか」
「僭越ながら、私が務めさせていただきます」
父親の独り言に応えたのは、小雪の舞う庭にたたずむ黒装束の大男だった。男は掃出し窓から広間に入ると、父子に一礼する。
「お側に寄っても?」
「許す」
男は敵意がないことを示すように、ゆっくりと父子のもとへ歩み寄り、膝をついた。
「貴君が息子の新しい師でおられるか。どうか顔を上げてほしい」
「はい。この度は拝顔の栄誉を賜り、恐悦に存じます。トーラ国王、ヴァーリ陛下」
「……え?」
なんの冗談かとレヴィアは固まるが、ジーグのまなざしは、今しがた「陛下」と呼んだ父親にまっすぐ向けられている。
「殿下にご身分を明かせずにいらしたご事情は、今なお変わらぬのでしょうか」
「そうだな。事情はそちらにもありそうだが。大陸の剣士殿」
国王の視線が、ジーグの琥珀の瞳から、その片手に支えられた大剣へと移った。
「ないとは申しません。そうした事情のなかで、レヴィア殿下に命を救っていただきました。そのご恩に報いるため、これより全力でお仕えする所存です」
「頼もしいことだ」
レヴィアの父――トーラ国王は目元を緩めた。
「では、早速ではあるが、貴君が授けたという剣術を見せてもらおう。レヴィア、お前の剣は」
「今、お持ちいたします」
頭巾を目深にかぶり、襟巻で顔の下半分を覆った旅装束の人物が、庭から身軽に広間へ入ってきた。剣を片手にしたその人物は国王に略式の礼をとると、レヴィアの前に膝をつき、顔を上げる。
「……あの子は、あんなふうに笑うのか……」
思わずつぶやいた国王の視線の先で、レヴィアは口元をほころばせ、旅装束の人物とうなずき合っていた。
「始め!」
ジーグの合図と同時に、父子の刃が真っ向から激突した。
キィィン――ッ!
鋭い金属音が広間に弾け飛ぶ。
地を蹴り、風圧を感じるほどの勢いで踏み込む父親。
その迅雷の如き一撃を、レヴィアは身を沈めて受け止め、滑らせるように斬り返した。
火花が散る。間近で視線を交わす二人の刃が、ギリリと音を立ててせめぎ合う。
父親がふっと剣を引き、拮抗していた力の均衡をわざと崩した。
前のめりになりかけたレヴィアは、瞬時に体幹を締め直して身を翻す。
追う黒の軍服が猛然と躍動し、かわす白銀の裾が鮮やかに舞い上がった。
縦横に交錯する二本の鉄光が、空間を激しく切り裂いていく。
「どっちが勝つ?」
旅装束姿のアルテミシアが、楽しそうに小首を傾げた。
「わずかにレヴィアが有利でしょうか。彼はこの一年足らずで、体力も筋力も格段に伸ばし、技術を磨きました。なにより、彼が毎日受けている剣は、誰のものだと思っておられますか」
「私だな」
「そこはジーグ、とおっしゃっていただきたかったですね。レヴィアに両手剣を教えたのは私ですよ」
「両手剣はジーグに負けるからな」
「おや、珍しく素直ですね。明日は雨でしょうか」
「トーラの真冬だぞ。雪に決まってるだろう」
軽口を交わす間も、二人の鋭い視線は、激しく斬り結ぶ父子を正確に追っていた。
「それに、陛下は本調子ではいらっしゃらないようです」
「夜通し馬車を走らせたのだろうな。本来、あの程度ではないだろう」
「激務のなか、やっと時間を作られたのでしょう。ほら、もうすぐ決着がつきますよ」
その言葉と同時に、父親が深く踏み込んだ。レヴィアの死角めがけて、鋭い一閃が走る。
だが、レヴィアは一歩も退かなかった。
真っ向からその重い刃を受け止めると、円を描くような流れる動作でその力をいなし、父親の懐へと斬り返した。




