↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/25

僕の居場所

 汗ばむような日も増えて、盛夏も間近というある日のこと。

 食事の支度(したく)を終え、いつものようにさっさと小屋を出ていこうとしたレヴィアに、アルテミシアが声をかけた。

「たまには一緒に食事をしないか、レヴィ。屋敷に帰らないとまずいのか?」

「……え? 帰らない、よ。家令に捕まったら大変、だから」

「じゃあレヴィはどこで」

「寝起きをしてるんだ?」

 声をそろえたアルテミシアとジーグを交互に見て、レヴィアはこてんと首を傾けた。

「森、とか?」

「屋敷には戻らないのか?」

 目を丸くするアルテミシアに、レヴィアの首はさらに傾く。

「たまに、顔は見せに行く。行方不明だと、探される」

「なんだと?! 私たちに居場所を与え、食事まで用意してくれているお前が、自分はひとりで外にいるというのか」

 そう言うなり、ジーグは怖いほどの勢いで立ち上がり、レヴィアに一歩詰め寄った。

「レヴィア、今日からここで生活をしろ」

「で、でも……」

「一緒にいるのは迷惑か?」

「ちが、違う」

 レヴィアはちらりとアルテミシアを見て、フルフルと首を横に振った。

「迷惑とか、じゃなくて、あの、僕、食べ方とか、汚い、から」

「そんなことを誰が?」

「家令とか、作法の先生、とか。食事ひとつまともにできない。家畜のほうがまだましって」

 うつむいてしまったレヴィアを前に、アルテミシアとジーグが目を交わし合う。

「間違っているのなら、正しく学べばいいだけだ。リズィエの治療のためにも、ここにいてほしい」

「レヴィ、一緒に食事をしよう」

「えと、あの……」

 二人の優しい説得に涙がにじんで、レヴィアは顔を上げられなかった。

「な、いいだろう?」

 言葉遣いは男性のようなのに。

 アルテミシアの声は、やっぱり春告げ鳥のようだった。


 そうして三人で暮らすようになって、ひとつわかったことがある。どうやらレヴィアは、じっとしているのが苦手らしい。

 目を覚ませばすぐ畑へ出てしまうし、夜目が利くからと、日が暮れてもなかなか戻ってこない。


「作法を教えるどころではないな」

 小屋から出ていくレヴィアを見送ったあとで、アルテミシアはため息をついた。

「他人といることにまだ慣れないのでしょう」

 ジーグが首を巡らせると、開けた木窓の向こうで、畑を横切っていくレヴィアが目に入る。

「こんなに尽くしてくれるのに、あの子は私たちに何も望んでくれないな」

「時間をかけましょう」

 ジーグの提案に、アルテミシアは無言でうなずき返した。


 その夜。

「何か気になることでもあるのか? さっきから扉ばかり見ているようだが」

「そ、うだった?」

 おどおどと目を泳がせるレヴィアの前に座るアルテミシアが、悲しげに眉を下げる。

「何か不愉快なことでも? 私は面倒な患者だろうか」

「違うよ! そんなこと、ない。でも、あのね」

 レヴィアの視線は、再び扉のほうへと向いてしまった。

「同じ場所に、長くいたこと、ない、から。……僕、ここに、いていいのかな」


 屋敷にも帰らず、森などで過ごしていると言っていたレヴィア。

 酷(ひど)く腫らしていた頬と、防御反応。「家畜」呼ばわり。

 何らかの事情があって、レヴィアは屋敷の者に捕まらないよう、居場所を転々としていたのだろう。

 仲が良かったという園丁が建てたこの小屋にさえ、長く留まることはなかったに違いない。


「こほん」

 眉を曇らせたジーグに、アルテミシアが咳ばらいをしてみせた。

「?」

「痛っ!」

 ジーグと目が合った途端、アルテミシアは作業机に突っ伏して声を上げる。

「いたたたた……」

「どうなさいました、リズィエ!」

「背中が……」

「痛いの? どんなふうに? あの、傷、診せてもらっても、いい?」

 慌てて駆け寄ってきたレヴィアに苦悶の表情を向けると、アルテミシアはジーグの手を借りて上着を脱いだ。

「悪くなってない、と思う、けど。……ちょっと、痛み止めを多く入れる、ね」

 アルテミシアの背中の傷に慎重に目を走らせてから、レヴィアは軟膏を塗った布をジーグに手渡す。

「でもね、心と体は、つながってる、から。きっとミーシャ、心が痛いんだよ」

 はっと目を見開いて、アルテミシアはレヴィアを振り返った。

「傷は大丈夫、だよ。安心して」

「……レヴィ……」

「お茶、淹(い)れてくる。待ってて、ね」

 うつむいてしまったアルテミシアがどんな顔をしているのか、レヴィアにはわからなかった。

 けれど、「ありがとう」という囁(ささや)き声は、確かに耳まで届いた。

 

 春の野原のお茶に、菫(すみれ)の砂糖漬けを一欠片(ひとかけら)。

 少し強い甘みと、菫(すみれ)の淡い香りが、アルテミシアを満たしていく。

「おいしい……。レヴィ、ありがとう」

「あの、僕……、ここに、いてもいい、かな」 

 両手を胸の前でぎゅっと結び合わせながら、レヴィアはアルテミシアとジーグを見比べている。

「当たり前だろう」

「当たり前だ」

 アルテミシアとジーグは声をそろえ、力強くうなずいた。

「レヴィアがいなければ、リズィエの傷を私が縫う羽目になる」

「ジーグになんてお断りだ」

「おや、私の裁縫の腕はご存じでしょう。リズィエが破いた晴れ着を、縫ってさしあげたことをお忘れですか」

「でも、結局は乳母姉(うばねえ)にば(・)れ(・)て(・)、そのあと大惨事だったじゃないか」

「言葉遣いにはお気をつけを。木登りをして破いたことが露(・)見(・)したのは、問い詰められたときの演(・)技(・)が下手だったからですよ。どうやら上達していないようですし、”痛い”とはどういう状態か身に染みるよう、やはり私が」

「縫うのは布だけにしてくれ。レヴィじゃなきゃ嫌だ」

「僕じゃなきゃ、イヤ?」

「もちろん。レヴィだからお願いするんだ」 

「僕、だから?」

「そうだよ、レヴィだからだ」

「……うん……」

 顔いっぱいに喜びをあふれさせて、レヴィアは小さくうなずいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。