凍える歌‐2‐
鼻まで毛布に埋もれるアルテミシアの視線の先で、レヴィアは苗の根元に藁を敷き詰めていく。
しばらくして、体を起こしたレヴィアに向かって、アルテミシアはちょいちょいと手招きをした。うなずいて走り寄ってくるレヴィアは、やっぱり子ウサギのようだった。
「もう終わったか?」
「うん」
「いつも、こんな遅くまで作業をしてるのか?」
「ううん。今日は、特別。……くちゅっ」
ぶるりと体を震わせて鼻の下を擦るレヴィアは、今度は子リスのように可愛らしい。
「ふふっ。……ほら、おいで。冷えたろう?」
体に巻き付けた毛布ごと右腕を広げてみたが、レヴィアはくるりと背中を向けてしまった。
「ミーシャこそ、戻って。僕、もう行く、から」
「でも、……まだ眠くないんだ」
細い声で告げると、足を止めたレヴィアがぱっと振り向く。
「えと……」
「もう少し一緒にいてくれないか?」
「うん。いい、けど、……わあ!」
作業台の端にレヴィアがちょこんと腰掛けるのを見計らって、アルテミシアはレヴィアを捕らえた。
「あ、あの、離して、ミーシャっ。傷、痛くない、の?」
「大丈夫だから大人しくして。……だって、温かいだろう? 誰かと一緒なら」
震えてしまった声に、レヴィアが抵抗をやめる。
「ほら、温まってきた」
「……ほんとだ。あったかい。……母さまも、温かかったの、かな」
「レヴィアのお母様は……」
口ごもるアルテミシアに、あきらめたようなレヴィアの笑顔が返された。
「もうずっと前に、死んじゃった。ケガしてて、ずっと、寝てて、ね。少ししか、覚えてないんだ。優しい声を、してた。なでてくれた気もするし、笑った顔も覚えてる、つもり。……でも」
レヴィアの視線が、遥か彼方をながめるように遠くなる。
「それは、そうだったらいいなって、僕が想像しただけかも。だって、誰かと一緒だと、こんなに温かいって、……知らなかった……」
「レヴィア」
アルテミシアはレヴィアの頭に手を回し、頬を寄せた。
「私は想像じゃないぞ」
「うん」
髪をなでられるまま、レヴィアは小さくうなずく。
「私はここにいる。レヴィアと一緒にいる。ここで、生きている」
「うん。ミーシャは、ここにいて、僕を、温めてくれている」
レヴィアはおずおずと手を伸ばして、アルテミシアの指先に軽く触れた。
「ありがとう」
見上げたレヴィアの瞳に映る満月が美しい。
解け切れない硬さを残すレヴィアを見つめ返しながら、アルテミシアの胸には、痛いほどの切なさがあふれていった。
◇
食事の支度をするレヴィアの手際のよさに感心したジーグが、何気なくその頭をなでようとしたときのことだ。
大きな手が触れた瞬間レヴィアは身を縮め、素早く両腕で全身をかばった。
「っ。……すまない」
謝るジーグの手が離れても、レヴィアの体の震えは収まらない。
「あの、……あの。ごめん、なさいっ」
そのとき、アルテミシアは声もかけられずに、逃げるように出ていく小さな背中を見送るしかなかったのだ。
◇
この手は傷つけるものではないのだと伝えたくて、アルテミシアはレヴィアを包む腕に力を込める。
アルテミシアの指先に添えられた、冷たかった小さな手が少しずつ温まっていった。
「レヴィアは……」
優しい、好ましい――いくつか言葉が浮かぶが、どれもしっくりこない。
「レヴィアは、可愛いな」
アルテミシアが選んだ言葉は、結局レヴィアをむすっとさせてしまったけれど。
普段は感情を表に出す性質ではないから、その小さな表情の変化でさえ、アルテミシアには嬉しかった。
「レヴィアを見ていると、双子の弟妹を思い出すよ」
「弟妹が、いるの?」
「いたんだ。まだ九つで、本当に可愛い子たちだった。なのに、助けてやれなくて……」
泣くまいと堪えても、微かに声が震えてしまう。
「ミーシャは……」
もう弟妹には会えないのだと悟ったのだろう。レヴィアがそっと体を寄せてきた。
「……ミーシャ、僕、もうひとつ思い出せたよ。母さまの声を。……ときどき、歌ってた」
記憶をたどるように、レヴィアは訥々と歌いだす。
【懐かしく愛しい、遥かなる者。今は安らぎ、静かに眠る。愛を届け、祈り届け。苦しみも悲しみも、遠い世界。愛を届け、祈り届け】
静かな異国の調べが、夜に流れていく。
「それはアガラムの歌? どんな意味?」
「……遠くにいる大好きな人が、もう苦しまないで、安らいでいますように。愛と祈りを、届けてください……」
レヴィアの指先を強く握りしめたアルテミシアの瞳から、小さな雫がぽたぽたと毛布に散っていった。
「……もう一度歌って、レヴィ」
その願いのまま、レヴィアは寥寥とした声で歌う。
何度も、何度も。
レヴィアの歌を聞きながら眺める夜空が、涙でにじんでいく。濡れる頬に吹き付ける風は冷たい。
けれど、レヴィアと包まる毛布のなかは温かかった。
それからしばらくの間。
儚げな二つの影は寄り添いながら、互いのぬくもりを分け合っていた。
小屋の中、細く開けられた木窓の脇には、壁にもたれかかった大柄な影がひとつ。
繰り返される歌声に耳を傾けながら、そっと目を閉じた。




