凍える歌‐1‐
アルテミシアに会えるようになってから、レヴィアは薬湯も食事も、その日の体調に合わせたものを用意できるようになった。
「レヴィアは本当にすごいな」
食後の薬湯を飲みながら、アルテミシアがしみじみとため息をつく。
「最近、すごく体が軽いんだ。料理だってジーグよりうまいし」
「そんなこと、ないよ」
「あるって。ずいぶん手馴れているけど、いくつくらいから料理を始めたんだ?」
「六つくらい、かな」
「六つ?! そんな小さな頃から料理を?」
「園丁が、教えてくれたんだ」
「味付けも?」
「コツさえつかめば、簡単、だよ」
「本当に? こんなにおいしいものが簡単に? それで、そのコツっていうのは?」
毎食後、それはもう根掘り葉掘り。
にじりより問い詰めてくるアルテミシアの勢いに困惑しながらも、レヴィアの心は浮き立っていた。
そうして順調に回復しているかに思われたアルテミシアだったが――。
「また夜中に目が覚めたんだ。最近、あんまり眠れない」
朝食の準備をしていたレヴィアが振り返ると、しょんぼりとしたアルテミシアが目に入った。
「昨日もご飯、残してたけど、そのせい? 朝ごはんは? 食べられそう?」
「んー、たくさんはいらない、かな」
「眠れないの、続いてる?」
「少しな」
「それは、つらい、ね。……そうだ、お茶、飲んでみる?」
「新しい薬湯か?」
「薬、というか……。お茶になる薬草も、あるんだ。ちょっと、待ってて」
「料理中じゃないか。今はいい」
「お茶を淹れるくらい、そんなに、手間じゃない、よ」
「そうか? 悪いな」
「悪い? どうして?」
「面倒ばかりかける」
「当たり前のこと、だよ? だってミーシャは、僕の初めての患者さん、なんだから」
はにかむように笑って、レヴィアはいそいそと薬草棚へ向かった。
慎重に薬草を計り、ゆっくりと湯を注いで。それから一口味見をすると、レヴィアはアルテミシア用の茶碗に茶を注ぐ。
「お待たせ、しました」
作業机に置かれた茶碗を両手で包み込み持ち上げると、アルテミシアはゆっくりと鼻を寄せる。
ほわりと立ち上る湯気を吸い込めば、春の野原のような香りが胸を満たした。
「わぁ、いい匂いだな。……呼吸が楽になるみたいだ」
「ほんと? 味は、どう?」
「優しい味がする。おいしい」
満面の笑みを浮かべて、アルテミシアはレヴィアを見上げる。
「お茶を淹れるのって、意外と簡単なんだな。今度、自分でやってみたいな」
「リズィエ」
向かいの席で、ジーグがゆっくりと首を横に振った。
「また火傷でもするおつもりですか。レヴィアの治療が無駄になります」
「でも」
「なりません」
「だけど」
「いけません」
頑として譲らないジーグに、アルテミシアの頬がふくらむ。
「ケチ」
「なんですか?」
「えと、ケンカ、だめ」
「ああ、ケンカじゃないよ。ジーグと私はいつもこんな感じだ」
ワタワタと慌てるレヴィアに、アルテミシの口元がゆるく弧を描いた。
その日の夜は、初夏とは思えないほどの寒風が町を襲った。
北国トーラでも北限に位置する、ここトレキバ特有の季節外れの寒の戻りだ。
遅霜から苗を守るために畑に戻ったレヴィアだったが、いるはずのない人影にその足が止まる。
「……ミーシャ?」
月明かりに照らされたアルテミシアが、小屋脇の作業台の上に座って夜空を見上げていた。
「なに、してるの?」
「レヴィア……」
振り向いたアルテミシアが首を傾ける。
「こんな夜中にどうした?」
「ミーシャこそ。眠れない、の? お茶、淹れる?」
「いや、いいよ。水場を使うと、ジーグを起こしてしまうから」
「え、でも……」
あのジーグが抜け出した気配を見逃すとは思えない。それはアルテミシアもわかっているはずなのに、とレヴィアは思う。
「……いいの?」
「うん」
黙り込んだふたりの間を冷たい風が吹きすぎていく。
畑を囲む木々が、黒々とした影絵のように揺れた。
「くしゅんっ」
「大丈夫? これから、もっと、寒くなる、よ。中に、入ったら?」
「まだいい」
「でも、寒い、でしょ?」
「問題ない」
何度勧めても、アルテミシアは首を小さく横に振って動こうとはしない。
「レヴィアは? 何をしに戻ってきたんだ?」
「苗が、ダメになると、いけないから。……そうだ、ちょっと待ってて」
説得を諦めたレヴィアは、納屋から持ち出した毛布でアルテミシアを包み込んだ。
「はい、どうぞ」
「暖かいな……。フワフワだ」
白地に青の幾何学模様が織り込まれた毛布に頬を寄せ、アルテミシアは微笑む。
「園丁が、くれたんだ。まだ、今日みたいな日もあるから、よかったら、使って」
アルテミシアの縮こまっていた体が少し緩んだようで、レヴィアはほっとしながら再び納屋へと向かった。




