第14話「好き、の続き」
目が覚めたとき、最初に耳に届いたのは、雨の音ではなかった。
低く、穏やかな呼吸音だった。
涼の胸に、頰を預けたまま、葵はしばらく目を閉じ続けた。腕が、自分の背中に回され、掌が、肩甲骨のあたりを無意識のようにゆっくりと撫でている。熱い。確かな体温。昨夜、「好きだ」と告げられた声が、まだ耳の奥に残っている。自分も「好きだった」と返した瞬間の、彼の目の深さも。
「……起きてるな」
寝起きの掠れた声が、頭の上から落ちた。
唇が、髪の分け目に優しく触れる。次に、額へ。目尻へ。まるで、確かめるように、一つひとつを丁寧に拾っていく。
「朝から、そんなに優しくしないで……溶けちゃう」
小さく呟くと、胸に伝わる振動とともに、低い笑い声が聞こえた。
「溶けてもいい。俺が、また固めてやる」
冗談めかした声なのに、腕に力が込められる。体が、さらに密着する。下半身の熱が、薄いシーツ越しに伝わってくる。硬い。熱い。昨夜の余韻が、朝の光の中で再び顔を出す。涼の手が、背中から腰へ、そしてお腹の方へゆっくりと移動する。指先が、へその周囲を円を描くように撫でる。甘い残熱が、すぐに苏ってくる。
「昨夜、お前が『好き』って言ってくれたとき……」
耳元で、声が低くなる。
「十年分の後悔が、全部消えちまった」
指が、さらに上へ。肋骨のラインを辿り、胸の下を優しく包み込む。親指が、先端を、ゆっくりと、丁寧に円を描く。体が、微かに震える。吐息が、短く漏れる。涼は、それを感じ取ったように、唇を耳たぶに寄せ、軽く歯で挟んだ。
「朝から、また感じてる」
「……あなたのせいだよ」
「俺のせいなら、責任取る」
そう言って、体を起こすと、自分を仰向けにさせた。薄いカーテンから差し込む光が、彼の上半身をぼんやりと照らしている。昨夜、自分の指が触れた胸の肌が、朝の光の中でよりくっきりと見える。涼の黒い瞳が、自分を上から見つめている。視線が、乱れた髪から、首筋の新しい痕へ、そして露わになった肌へと、ゆっくりと這う。
「好きだ。改めて」
低い声。指が、自分の頰を優しく撫でる。
「十年前も、今も、これからも」
唇が、重なる。
優しく、深く、朝の光の中で。舌がゆっくりと絡み、吐息が混じり合う。甘い水音が、静かな部屋に小さく響く。キスをしながら、涼の手が再び動き出す。胸を包み、撫で、刺激する。太腿の内側を辿り、敏感な場所を、丁寧に、熱を込めて探る。指が、優しく円を描き、押し、撫でる。甘い快楽が、昨夜の余韻と重なって、すぐに波のように広がっていく。
「俺のことも、触ってくれ」
その言葉に、葵は小さく頷き、手を伸ばした。
彼の胸を、ゆっくりと撫でる。鎖骨から、腹筋のラインへ。熱い。微かに汗ばんでいる。次に、下へ。硬く熱い感触に触れた瞬間、涼の体が大きく震えた。低い声が、漏れる。自分の名前が、掠れて呼ばれる。それが愛おしくて、さらに丁寧に、熱を込めて動かす。
二人の吐息が、重なり合う。
涼の指が、自分の内側で、より深く、熱を帯びて動き続ける。甘い快楽が、徐々に高まり、波が、大きくなっていく。体が、震える。視界が、わずかに白く霞む。涼の額が、自分の額に寄りかかり、吐息が完全に混じり合う。
「葵……好きだ」
「……私も、好き」
その言葉を交わした瞬間、快楽の波が頂点に達した。
甘い声が、同時に漏れ、体が大きく反る。熱が、全身を駆け巡り、溶けるように、朝の光の中に沈んでいく。余韻の中で、涼は自分を強く抱きしめた。胸に、彼の心臓の音が伝わってくる。まだ、早い。熱い。
「……仕事、どうする?」
しばらくして、小さく尋ねると、涼は額を自分の額に寄せたまま、低く答えた。
「午前中は休む。お前も、今日は俺と一緒にいろ」
「……いいの?」
「俺が上司に言っておく。『体調不良で』ってな」
冗談めかした声なのに、腕は離してくれない。掌が、背中をゆっくりと撫でる。まるで、昨夜の「好き」を、朝の光の中で何度も確認するように。
窓の外で、薄い雲が流れていく。
二人の体温が、シーツの中で、まだ溶け合うように残っている。
「好き」という言葉が、もう、逃げられない温度になって、胸の奥に沈んでいた。




