第2話:やらかしましたか?
壁に男が埋まっているという、いまいち現実味のない光景を前に、私が呆然と立ち上がっていると。
ドタドタドタドタッ!
階下から、建物が揺れるほどの騒がしい足音が響いてきた。
「どうしたの!? なにがあったの――っ!?」
部屋の扉が乱暴に開けられ、息を切らせた女性が飛び込んできた。
年の頃は20代前半くらい、鮮やかな赤毛をポニテにまとめた美人が、男と同じ銀色の鎧を着ている。
その赤毛の女性は、ベッドの脇に佇む私と、壁にピクピクしながらめり込んでいる男を、交互に何度も見比べた。
そして、すべてを察したように「あちゃー……」という顔をして額を押さえた。
「……なんかすいません」
一応、謝罪してみる。
私のなかの良識が「目覚めの一撃としては過剰防衛だったのでは?」と囁いたからだ。びっくりしちゃったんだから仕方ないんだけど。
「いや、こっちこそごめんね。状況はだいたい分かったわ。……こいつは後で、死なない程度にみっちり説教しておくからさ」
女性が壁から男を容赦なく引き抜くと、ズゥンと重い音が響いた。男は見事なまでに白目を剥いて気絶している。
「私はレイラ。この辺りを管轄してる騎士団の副団長をやってるんだ。あなたの、お名前は?」
「……氷麗」
「ツララちゃんか。うん、綺麗でいい名前だね」
レイラさんはサバサバとした気持ちのいい人だった。これなら男除けの壁になってくれそう、と私が少しホッとしたその時。
「お〜い! レイラ、大丈夫か〜!?」
廊下から、また別の声が響いた。
重苦しい足音とともに部屋の入り口に現れたのは――これまた銀の鎧を着た、絵に描いたようなゴリラ体型の男。
(……男。また、男だ)
「あ、バカ!」というレイラさんの制止の声すら、私の耳には届かない。
おじさんの記憶、そして男への根深い不信感が、私の生存本能を最速で叩き起こす。
やらなきゃ、やられる。
「――『氷結』」
感情を一切削ぎ落とした、絶対零度の冷徹な声。
それは、雪女の本領発揮の合図だった。
「げ! 撤退ッ!!」
言うが早いか、レイラさんは部屋に入ろうとしたゴリラマッチョの顔面をものすごい勢いで蹴飛ばし、そのままの勢いで自分も廊下へとバックステップ。コンマ数秒の神業でバタン!と部屋の扉を閉めた。
……ちなみに、さっき壁から引き抜かれた気絶中の騎士の男は、床に置き去りにされたままである。
直後、私の足元から爆発的な冷気が噴出した。
パリパリパリパリィィィン!!!
一瞬だった。
部屋の壁、床、天井、家具、窓ガラス。そのすべてが、一分の隙もなく一瞬で真っ白な氷の結晶へと変わる。もちろん、床に転がっていた哀れな男も、そのままカチンコチンの氷漬け(ただしアイスヒールを内包した親切設計なので死んではいない・・・・はず)になった。
「はぁ……」
冷気を引っ込め、小さく息を吐き出す。
部屋の中は、完全に冬の時代の氷の宮殿だ。
……うん、ちょっとやらかしたかもしれない。
でも、普段の私は沈着冷静、決して表に感情を見せないクールな雪女(の、つもり)。
例えこの後、宿の裏庭にいた「もふもふ」の犬を見つけてしまい、内心で『え、待って、何あの子超可愛いなで回したいむり死ぬ』と限界寸前まで大興奮して、それが周囲に「冷気がだだ漏れで目がガチになっている」という形でバレバレだったとしても。
私はあくまで、クールなお嬢様感を崩さないまま、この異世界を生きていくのだ。うんうん




