第27話:キラースパイダー狩り、死にたくなければ糸を紡げ!
無精髭の医者――ジャック先生が子供の傷口を縫合するのに使っていた、驚異の強度を誇る謎の糸。
事情を聴くと、それは『キラースパイダー』という魔物の糸らしい。
「あいつらは森の奥深くに集団で巣を作ってやがるからな。獰猛で糸の粘着力もえげつねぇ。高位の冒険者でも手こずる強さだから、普通は市場に出回らねぇんだ。俺はたまに、森の入り口の木に引っかかってる残骸を命懸けで採取して使ってたのさ」
「……なら、話をつけに行きましょう。ミケ、雪華、付いてきなさい」
「ミャ! お出かけだにゃ!」
私はすん、とすました顔のまま、もふもふ軍団を引き連れて王都近郊の森へと向かった。
ここ最近、新設される保健局の事務仕事や、王妃マーガレット様の生けるぬいぐるみ扱い(見た目12歳小柄)に、私のメンタルは少なからずストレスを溜めていたのだ。ちょうどいい、ちょっとした蹂躙(発散)の時間である。
集団で襲いかかってくるキラースパイダーたちに対し、私は容赦なく右手を突き出した。
そもそも蚊のカトリーヌもそうだったが、虫系の魔物や妖怪というのは、基本的に寒さに致命的に弱い。気温が下がれば、強制的に生命活動が停止して冬眠に入るのだ。
ピキピキピキィィィィィンッ!!!
一瞬で森の一角が氷河期へと変貌する。
そんな絶対零度の世界の奥から、ついに群れのボス――前世の九州地方で猛威を振るった伝説の怪異『土蜘蛛』の血を引く超巨大蜘蛛が姿を現した。
「ククク、人とも獣ともつかぬ小娘が、我が群れに勝てると思っているのか……!」
――数分後。
「ま、待て……! これ以上は待ってくれ、頼む……っ!!」
巨大な土蜘蛛の体はすでに凍傷でボロボロ、自慢の脚も冷気でパリンと数本砕け散っていた。
寒さを神の領域で操る私と、寒さに弱い蜘蛛の戦い。最初から趋勢(勝負)は見えていたのだ。
私は雪華の頭を優しくもふもふしながら、冷徹なジト目を向けた。
「……配下になる?」
「わ、わかった! 言うことを聞く! だからこれ以上の冷気は勘弁してくれ……っ!」
「……よろしい。報酬に、定期的にお酒を届ける」
その言葉に、土蜘蛛の複数の目がキランと輝いた。
全世界の神話や伝承において、蜘蛛の怪異というのは大体お酒によって退治されている。つまり、大の酒好きなのだ。
「ただし、ほどほどに飲むこと」
「わ、わかった。で、俺たちは何をすればいいんだ?」
「糸。こちらの指定する太さと強度の糸を、綺麗に紡ぐ。おっけ?」
「お、おけ!」
「質の悪いのは却下。お酒の量が減る」
「リュ、了解であります……っ!」
こうして、医療界が喉から手が出るほど欲しがる最高品質の『医療用縫合糸』の安定供給ラインが、あっさりと確立されたのだった。
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天才外科医のスカウト
王都へ戻った私は、さっそく確保した良質の糸をジャック先生の前に差し出した。
ただし、私は先生からきっちり『3メートル』の距離を取って話をしている。
「おい、氷麗くん。この極上の糸は一体どこから……? っていうか、なぜそんな離れた場所から話をしてるんだ?」
「……先生の安全のため」
魔力が枯渇していて戦闘力皆無のジャック先生が近くに寄ると、私の過剰な自動防御システム(絶対零度の障壁)が誤作動して、先生が瞬時にカチンコチンのアイスオブジェクトになってしまうからだ。近寄るな、危険。
「……その糸は、先生に提供する。そして、先生の持つその素晴らしい縫合技術、私が新しく作る総合病院で存分に発揮してほしい」
「っ!? いや、しかし俺は魔力も乏しいし、真っ当な医者連中からは変人扱いされてる男だぞ? 治療なんて大層な真似……」
「できる。先生は優秀な外科医。私の目に狂いは無い。その技術を使って、他の若い医師たちを指導して」
「いや、指導って……俺にそんな大役が上手くいくわけ――」
「大丈夫。多分、上手くいく。……頑張れ、先生」
私は胸の前で小さく手を握り、あのカインを恐怖に陥れた『無表情な頑張れポーズ』をジャック先生へと送った。先生は圧倒されつつも、「……はは、お前さんにそう言われちゃ、断るわけにはいかねぇな」と苦笑して、正式に病院の外科部長(仮)を引き受けてくれた。
よし、良質な糸と、天才外科医を同時ゲットだ。
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職人マリーさんへの依頼
その後、私は土蜘蛛たちが紡いだ糸のうち、医療用としては強度が足りなかった「不良品の糸」を抱えて、仕立屋のマリーさんの店を訪れた。
「まぁ! なにこれ、信じられないほど素晴らしい絹糸じゃない! 織り上げたら最高に美しい光沢が出そうだわ、創作意欲がビンビンに湧いてくるわねぇ!」
プロの目から見れば、医療用としては使えなくても、衣服用としては国宝レベルの超高級シルクだったらしい。喜んでもらえて何よりだ。
「マリーさん。その糸で、王妃マーガレット様の最高に綺麗なドレスを作って欲しい。いつもお世話になっているので、プレゼントしたい」
「あら〜〜〜! 氷麗ちゃんから初めての個人的なご依頼ね! わかったわ、このマリー様が腕によりをかけて、王宮の誰もが腰を抜かす最高の一着に仕上げてあげるわ!」
マッチョな腕をぶんぶんと振って快諾してくれるマリーさん。私はさらに、声を潜めて本命の依頼を切り出した。
「……あと、来年でいいので。レイラさんの『ウェディングドレス』も、これでお願いしたい」
「あらあらまぁまぁ! レイラは本当に幸せ者ねぇ!」
そうなのだ。日取りはまだ正式に決まっていないけれど、レイラさんはこの国の第二王子殿下との婚姻が内定している。いつも苦労をかけている彼女に、私はキラースパイダーの最高級シルクで作った特製ウェディングドレスを贈りたい。
……ただ、一つだけ心配なことが。
「レイラさん、すでに自分でドレスの準備とか進めてるかな?」
「大丈夫よぉ、あの子そういう乙女チックな事、すっごく苦手で後回しにしがちだからね。まだ絶対に準備なんてしてないわよ」
「ん。なら、それとなくマリーさんから『ドレスどうするの?』って誘導しておいて欲しい。ただし、私の名前は内緒で」
「了解よ! サプライズね、任せなさい!」
悪徳貴族の没収資産(お駄賃)が国から山ほど流れてきて、実は使い道にちょっと困るほどのお金持ちになっていた私。
大切な人たちへのサプライズプレゼントにこれを使えるなら、こんなに有意義なことはない。
私はツンとすましたクールな顔のまま、愛用の着物の袖でそっと口元を隠し、レイラさんが純白のドレス姿で照れまくる未来の光景を想像して、内心でフフッと悪い笑顔を浮かべるのだった。




