第25話:え? 人が来ない?
悪徳商人の商館を容赦なく接収し、華々しくオープンした『王立血液銀行』。
しかし、現実は非情だった。
オープンから数日、施設は完全に閑古鳥が鳴いていた。
まあ、こういう医療施設は利用者が来ない(=大怪我人が出ない)方が平和で良いのだけれど、それにしても問題が多すぎた。
「……なにこれ?」
私が受付の奥を指差すと、そこには『廃棄』と書かれた大きな皮袋が山積みにされていた。応対したカトリーヌが、悪役令嬢口調のままやれやれと肩をすくめる。
「ああ、それですの? それは使えない不潔な血液よ。お酒臭かったり、病気の毒が混じっていたりね。腐った血なんて美味しくありませんわ!」
「……カトリーヌって、血の善悪が分かるの?」
「もちろんですわ。それだけじゃなくて、人間の血には大きく分けて『4つの味(血液型)』があるのよ。違う味の血を混ぜると、拒絶反応で固まってしまうんですの。わたくし、味見すれば一発で分かりますわ!」
おお、まさかの血液型鑑定機能付き吸血鬼(蚊)。有能だけど、いちいち味見されるのはちょっと嫌だな……。
というか、前世の世界でも血を抜く前には必ず健康診断を行っていた。不健康な血を集めても意味がないのだ。
困った時の相談役であるレイラさんにこの件を話してみると、彼女はうーんと顎に手を当てた。
「それなら、最初にお医者さんに診断してもらって、不健康な人には献血を遠慮してもらうしかないわね。問題は、ただでさえ忙しい街のお医者様たちが、こんな怪しい施設に協力してくれるかどうかだけど……」
(……よし、ここは再び王妃様だ)
王宮には優秀な『侍医(お抱え医師)』がたくさんいる。その配下の若い新人医師たちに、「最先端医療の修行」という名目でここに派遣してもらえるよう、王妃マーガレット様のお膝の上で直接掛け合ってみることにしよう。
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最大の壁:なぜ人が来ないのか
医師の問題は権力で解決するとして、もう一つの問題は「そもそも一般庶民が誰も献血に来ない」ことだった。
レイラさん曰く、理由はこうだ。
1. 「体から血を抜く行為は神の意志に反する」という宗教的な嫌悪感。
2. 「他人の血を体に入れるなんてあり得ない」という未知の技術への恐怖。
3. 何より、「普段からお金がなくて医者にかかれない庶民にとって、献血をしても自分に何の得もない」ということ。
最後の理由を聞いた瞬間、私の前世の記憶(チート知識)がパチパチと音を立てて火花を散らした。
(……得がない? ならば、得をさせればいいじゃない。前世の最強システム、【社会保険制度】の構築だよ!)
「レイラさん。みんなで少しずつお金を出し合って国に預け、誰かが病気や怪我をした時にそのお金を使って安く医療を受けられる制度を作る。これなら、お金がない庶民でも一律でちゃんとしたお医者さんにかかれる」
「えっ……!? そ、そんなこと、本当に可能なの……!?」
驚愕するレイラさんを他所に、私はジト目のまま淡々と、しかし極めて冷酷に財源の話を続けた。
「出資するお金は、収入が多い人(お金持ち)からは多くもらい、収入の少ない庶民からは少なくする。……あ、足りない分の初期財源は、国費を横領している悪徳貴族たちを片っ端から検挙して、全財産を没収して充てればいいと思う」
「ひっ……!」
「ついでに、その保険が使える『庶民用の総合病院』を王都に建てて、そこで働く医療従事者を育成するための『医療専門学校』もセットで創設する。一気には無理でも、提案は早い方がいい。……国民の命が潤えば、巡り巡って国力が潤う。これ、世界の真理だよ」
フンス、と鼻息を漏らす私。
私の隣で話を聞いていたレイラさんは、ガタガタと震えながら、遠くない未来に王宮で巻き起こるであろう光景を幻視していた。
この超合理的かつ弱者救済の完璧な提案を聞いた王妃様が、一体どんな「引きつった笑顔」を浮かべるか。あるいは、脱税商人の時を超える、過去最高に「黒く輝く断罪の笑顔」で、横領貴族たちの一族郎党を裏の堀へ叩き込みに行くか――。
「……ツララちゃん、あなた本当に雪女? どっちかっていうと、国を裏から支配する冷徹な魔王の間違いじゃないかしら……」
「失礼な。私は平和を愛する無垢な12歳だよ」
私はツンとすました顔のままチョコスコーン(お茶会の残り)を齧り、王宮の貴族街に向けて、本日最高に冷え切った絶対零度の視線を送るのだった。




