第23話:吸血鬼騒動? からの血液銀行創設
王妃様たちに徹底的にお膝の上で愛でられた、あの甘々なお茶会からしばらくして。
王都では、二つの奇妙な事件が同時に発生していた。
一つは、ビル建設の工事現場で起きた悲惨な事故。
足場が崩れて大怪我を負った作業員が、医師の治癒魔法で傷口自体は塞がったにもかかわらず、そのまま亡くなってしまったのだ。原因は『出血多量』。この世界にはまだ、他人の血を体に入れる「輸血」の技術がない。血を流しすぎたら、傷が治っても死ぬのだ。
そしてもう一つは、夜の王都で若い女性が突然倒れる、謎の連続集団貧血事件。
被害者の首筋には、虫に刺されたような、あるいは小さな針で突いたような小さな傷跡が残されている以外に共通点はなく、衛兵たちも首を傾げるばかり。
「……これって、前世のアニメとかでよく見た『あいつ』しかいないじゃん」
西洋の妖怪といえば定番の、夜に這い出る牙を持った不死者。
私はミケを肩に乗せ、雪華を連れて、夜の王都の路地裏へと潜入した。私の冷気レーダーが、怪しい魔力の持ち主をすぐに捉える。
しかし。異世界というやつは、時に私の前世の記憶すら遥かに凌駕してきた。
「あら、見つかってしまいましたわね? でも遅いですわ! 吾等はこの夜を統べる高貴なる吸血の一族――」
月光の下、路地裏の屋根の上でドレスの裾を翻して高笑いしているのは、確かに綺麗な見た目をしたお嬢様風の吸血鬼だった。
だったのだが……何かがおかしい。気配が蝙蝠じゃない。
(……この羽音、この気配……これ、『蚊』じゃん)
そう、彼女は蝙蝠の吸血鬼ではなく、蚊から進化を遂げた新種の妖怪だったのだ。
ちなみに、生物学的に血を吸うのはメスの蚊だけである。当然、目の前にいる吸血鬼もメス。期待されたかもしれない夜の百合展開(美少女×美少女)なんてものは、現実の生態系の前には1ミリも発生しない。
「おだまりなさい! 吾等に狙われたからには、あなたも干からびて――」
「……死にたい?」
「ひゃっ……! ご、ごめんなさいですわーっ!!(即ヘタレ)」
私がツンとすました顔のまま、周囲の空気を一瞬でマイナス40℃に叩き落とすと、悪役令嬢口調だった蚊の吸血鬼は、涙目で屋根から転げ落ちてスライディング土下座を決めた。生命の危機を察する能力だけは一級品らしい。
よくよく話を聞いてみると、彼女の吸血方法は、口から直接ガブリと首筋に噛み付くスタイルではないらしい。手の甲や袖口から、針のように細く鋭い『透明なストロー(口吻)』をシュバッと伸ばして、上品にちゅーちゅーと飲むスタイルなのだという。
「だって、あんな野蛮に噛み付いたら、お相手の首からバイ菌とかが入ったら嫌じゃありませんこと? わたくし、とっても繊細でワガママなお嬢様なんですのよ」
「……(ただの偏食な蚊のくせに)」
「それに、ご覧になって? わたくしってとっても美人でしょう? そんな美人の口元が血だらけになるなんて、絶対に美意識が許しませんわ!」
確かに、蚊から進化したわりには見た目だけは文句なしの美人令嬢なのだが、中身が色々と残念すぎる。
でも、私は彼女のその「針のような細いストロー」を見た瞬間、脳内で一つの画期的なアイデアが閃いた。
私は凍りついたポーカーフェイスのまま、土下座している彼女を見下ろして言い放つ。
「……それ(ストロー)、たくさん作って」
「へ? え、ええ、わたくしの魔力を編み込めば、このようなものは簡単に作れますし、たくさん作るのはやぶさかではありませんが……一体何に使うんですの?」
「……街の人から、安全に血を分けてもらう。集めた血は、さっきの事故みたいに血が足りなくて死にそうな人に分け与える。名付けて『血液銀行(献血システム)』」
「な、なんですって……!?」
「手伝ってくれたら、報酬として、採取した綺麗な血液の『1割』を、あなたに合法的にあげる」
「――やりますわ!!! 喜んでお仕事いたしますわお嬢様!!!」
見た目だけは美人な悪役令嬢(蚊)、きゅうりに釣られた河童たちと全く同じスピードで、合法的な高級(?)血液のボーナスに釣られて大喜びで快諾した。
こうして、王都を恐怖に陥れるはずだった吸血鬼騒動は、わずか数分で、異世界初の国家医療プロジェクト『吸血鬼公認・血液銀行』の創設へと早変わりしたのだった。
「ミャー、お嬢にかかれば、どんな凶悪な妖怪も一瞬で労働者に早変わりだにゃ……」
「ガルル(さすが主)」
ミケと雪華が呆れたような、尊敬するような目で見つめる中、私は新しい部下(蚊)を引き連れて、またしてもゴリラ団長に丸投げするための報告書を心の中で書き始めるのだった。




