第22話:そこじゃないと言われました。
噛み散らかした私を優しく迎えてくれた王妃様。
私は案内された王族専用の豪華な丸テーブルへと向かい、空いている上品な椅子に座ろうとした。
「あら、そこじゃないわよ、氷麗ちゃん。こっちよ」
「……はひ?」
上品な声に呼び止められて振り返る。
王妃様がにこやかに微笑みながら、チョンチョンと叩いている場所。そこは……ご自身の、ふかふかそうな『お膝の上』だった。
え? こ、こ、ここに座れと?
「いらっしゃい。ああ、ごめんなさいね、自己紹介がまだだったわ。アルビオン連合王国を構成するイグラシア王国の王妃、マーガレットよ。氷麗ちゃんって呼んでもいいかしら?」
「は、はい、氷麗です。よろしくお願いします……」
ガチの本物の王妃様を前に、なんだか逆らえない絶対的な包容力を感じつつ、私はおずおずとドレスの裾を割りながら、そのお膝の上へと極小の荷重で腰を下ろした。
「……失礼致しましゅ」
あ。
また噛んだ。盛大に噛み倒した。
前世の感覚なら、もうすぐ高校生になろうかという歳(16歳)なのに、完全に幼児退行したような噛み方をしてしまった。恥ずかしさのあまり私の顔面が真っ赤に(物理的な熱で)沸騰しそうになる。
「まぁ、可愛い! 顔を赤くして……さぁ、何から食べましょうね?」
私の動揺をよそに、王妃様(マーガレット様)はすっかりご満悦だ。
「まぁ、マーガレット様、独り占めはいけませんわ。私にもその可愛らしい子を愛でさせてくださいませ。ウィンブル公国の公王妃、エリザベスよ。よろしくね、氷麗様」
隣の席から声をかけてきたのは、マーガレット様の赤のドレスに対して、深みのある豪奢な緑のドレスを纏った、いかにも高貴で知性的な美魔女様だった。
「あ、あの……私は貴族ではないので、ツララでいいです」
「まぁ、ツララ様ね。ふふ、マーガレット様ったら本当に独り占めだなんて人聞きが悪くてよ?」
「あらエリザベス様、これは特権ですもの」
トップ二人の華麗なマウンティング(?)を特等席で眺めていると、エリザベス様が目の前のお皿から、茶色いペーストが塗られた焼き菓子をすくい上げた。
「ツララ様は『チョコレート』をご存知かしら? 最近、我が国からこちらに出回り始めたばかりの新しい甘味なのよ」
(……!! チョコレート!!)
それは、私がずっと食べたかった、お茶会を諦めたときに一度は脳裏から消し去った、憧れの一品。それが、こんがりと美味しそうに焼かれたスコーンの上に、たっぷりと塗られている。
「はい、あ〜ん」
エリザベス様の手によって、チョコスコーンが私の口元へと運ばれてくる。
私は本能のままに小さな口を開け、それをパクッと頬張った。
じゅわあぁぁ……と口いっぱいに広がる、前世と変わらないカカオの濃厚な甘みとほろ苦さ。そしてサクサクのスコーンの食感。美味しすぎる。幸せだ。
美味しいお菓子をモグモグと幸せそうに咀嚼する私(見た目12歳)を見て、周囲を囲む目の肥えた貴族の奥様方の空間が、一瞬で「尊い……」と言わんばかりのほっこりとした空気に包まれていった。
河童たちの残した実績
「あ、そうだわ。私ったら、一番大事なお礼を申し上げるのを忘れていたわ」
ひとしきり甘々な時間を過ごしていると、エリザベス様がポンと手を叩いて真剣な表情になった。お礼? 一体何のことだろう。
「あなたの配下である『河童』たちの件なのよ。イグラシア王国の上流で行われた彼らの治水工事のおかげでね……この間の凄まじい大雨のとき、下流にある我が国の領地で、毎年恒例だった川の氾濫が『一度も』起きなかったのよ!」
「……え?」
「我が国の土木局の役人たちが不思議に思って調べたら、上流の排水コントロールが完璧に行われているからだと言うじゃない。そしてその見事な水管理を行っていたのが、ツララ様の配下(河童族)のお仕事だと言うじゃありませんか。国を代表しての正式な謝礼は後日お届けするけれど、まずは私から、心からのお礼を申し上げますわ。ありがとうございます、ツララ様」
そっか。川は繋がっているんだ。
上流の治水が、国境を越えて下流の地域をも救う。
私がきゅうりで雇った80センチのミニ河童たちが、知らないうちに国際的な大仕事をしてのけていたらしい。ちょっと鼻が高いぞ。
そんな風に、ちょっと誇らしい気持ちでチョコスコーンの2口目を口に運ぼうとした――その瞬間だった。
(……チッ、またあの不快な気配か)
私の研ぎ澄まされた気配察知レーダーが、薔薇の植え込みの影からこちらを覗き見る、あの底知れない「変態の波動」を捉えた。
「――そこ」
私がツンとすました顔のまま、片手を植え込みへと向けてスッと指を弾く。
刹那、私の指先から放たれた、目にも留まらぬ速さの氷の矢が、侵入者の衣服を貫いて背後の壁へと縫い留めた。
「ひゃうぶふぉっ!?!?(ピキピキピキィィィンッ!)」
もはやお約束だった。
生い茂る薔薇をバリバリと凍らせながら、植え込みの中で通常の4倍の厚さの氷塊に閉じ込められたのは、お茶会にまで不法侵入してきた我が国の王太子(仮)だった。何回目だよお前。
お茶会の席に一瞬の静寂が訪れる。
私をお膝に乗せていた王妃マーガレット様は、視線だけをその氷塊へと向け、笑顔(※目は完全に漆黒)のまま、近くに控える近衛兵たちへと言い放った。
「……あの子ったら、見苦しいわね。そのまま裏の堀にでも捨ててきなさい」
「はっ!!」
ガチの実母からの非情なゴミ処理命令が下った。
引きずられていく王太子ゾンビを見送りながら、私は「この親にしてこの子あり(ただし母親の方が100倍強い)」と確信し、何事もなかったかのように3口目のチョコスコーンを優雅に口へと運ぶのだった。




