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三人はパブを出るとアリーの案内で奴隷たちが囚われている場所に向かった。
「ここかい?」
「えぇ。間違いありません」
「おいおいマジかよ」
三人の前には豪邸がそびえていた。アリーの話によると奴隷たちは、囚われていた場所から別の場所に連れて行かれていた。最後がアリーで、その最中にレゼウスたちと出会ったらしい。その連れて行かられていた場所というのが「ラムジィ邸」と、奴隷商たちが話しているのを聞いたという。
「ラムジィ鉱業代表取締役、アキドゥ・ラムジィ。マナジウム採掘により、一代で巨万の富を築いだ豪商だね。最近も従業員がストライキを起こしたけど、それを無視していたと新聞に載っていたよ。まぁ色々と話題に事欠かない人物だね」
「つまりクソ野郎ってことだな。早速ブッ飛ばしに行きてぇが、これじゃあ入れねーぞ」
屋敷の周りには銃を持った私兵のガードが巡回している。当然門の前にも立っており警備態勢は万全だ。
「ここはオレが銃でも乱射して皆殺しにするか!」
ネビュラは右腕を銃に変形させた。それを見たアリーはまた驚いた顔をした。
「その物騒な物を今すぐしまってくれ。怪しまれるだろう」
またつまらなそうに、ネビュラは舌打ちした。
「ここは依頼主に手伝っていただこうか」
レゼウスはアリーを見た。
「手伝う、とは?」
「そんな難しいことじゃあない。キミに奴隷を演じてもらい、我々は奴隷商人としてラムジィへ売りに来たと言い、中に入る」
「そんな上手くいくかぁ?」
「やってみれば分かるさ」
三人は門番のガードに近づく。ガードは厳つい顔をさらに厳つくさせ、三人を睨んだ。
「なんだお前たちは?」
「ラムジィ氏に会いたいのだが」
ガードはさらに怪訝な顔して三人を交互に一瞥した。
「アポはあるのか?」
「いや、今回の商談はアポを取っていなくてね」
「ならダメだ」
「そうか。きっと喜ばれると思うんだけどね」
レゼウスはそう言いながら、アリーに被さったフードを僅かにずらした。
「まだ若い。十六、七歳といったところだ。かなり上物なんだが。今度ラムジィ氏と会う機会があれば伝えておくよ。『門番に断られて、上物を納品できなかった』とね」
ガードはレゼウスを睨みつけた。
「脅しか?」
「脅しじゃない。事実さ。だって断られたのだから。そうだろう?」
大きな溜息を吐いたガードは、無線で連絡を取る。しばらくやり取りすると、門番がゆっくりと開き始める。
「入れ」
「ありがとう。話が早くて助かる」
如何にも口先だけのセリフに、ガードは最後までレゼウスに対して、苦虫を嚙み潰したような顔で見ていた。
「マジで上手くいったぜ」
ニヤけながら、ネビュラがこっそりとガッツポーズした。
ラムジィ邸大きな屋敷だった。大理石の床に長い廊下には何やら値打ち物であろう絵画やアラバスター彫刻が飾られている。一見煌びやかだが、その実、ただ金にものを言わせて並べただけの下品さが垣間見え、この屋敷の主人の性格を物語っている。
しばらく歩いて、三人は一際大きな部屋に通された。部屋の奥には口髭の生えた、でっぷりと肥えた男が大きなソファでくつろいでいた。その横で少女が二人、男の身体をマッサージしている。果物をカットしている少女もおり、絵に描いたような享楽ぶりだ。
「ごきげんよう、ラムジィ殿」
レゼウスが声を掛けるとラムジィは寝ぼけ眼で三人を見た。
「おぉ、来たか来たか。なんだ? 十六歳くらいかと聞いていたが、だいぶ大人っぽいな」
くぐもった声でネビュラのほうを見ながら、ラムジィは言った。
「ラムジィ殿。これはアンドロイドです」
「アンドロイドだと? ふん、奴隷商人如きがそんな精工なアンドロイドを連れているのか。おまえも中々変態だな」
今にも斬りかかりそうなネビュラにレゼウスは少しヒヤヒヤしながら話を続けた。
「奴隷はこちらです」
レゼウスはアリーのフードを取った。
「おぉ、確かに十六歳くらい……いや待て。その尖った耳そして白い肌に、プラチナの髪。まさか、エルフか?」
「さすがはお目が高い。よくお分かりで」
ラムジィはソファから飛び起き、アリーの側に駆け寄る。アリーは顔を背け、あからさまに不快感を示すが、ラムジィはそんなことを気にする様子もない。
「いやはやこれは素晴らしい! 本物のエルフとはな。私も本物を見るのは初めてだがこれはこれは。色んなところが興奮してくるぞい!」
鼻息を荒げながらラムジィはねっとりした視線でアリーを舐め回した。
「是非、気に入るかと。そういえば、今所有されている奴隷はこの三人だけですか?」
少女たちは三人とも、いたたまれないのか目を伏せた。
「あぁ、そうだ。古い奴隷は全部売り払ったからな。大人になってしまうと価値がなぁ」
口髭を撫でながらラムジィは言った。
「それでは、その少女たちを解放してくれないか?」
「はぁ? 貴様は何を言っているのだ?」
「とある人物に依頼されているのです。囚われた少女たちを解放してくれないか、と」
「馬鹿か。これは私が買った物だ。手放すわけないだろ! なんだ? 中央政府の差金か? いや。そうか、分かったぞ。貴様ら傭兵だな」
ラムジィが右手を挙げる。すると天井が開き、らいくつもの球体が落ちて来た。球体はすぐさま、蜘蛛のような足を生やし、赤い目を光らせた。奴隷の少女たちは何事かと怯えて身を伏せた。
「戦闘ボットだぜ。数が多いぞ」
ネビュラが舌打ちをしながら呟いた。ボットの横側には銃火器が備えられており、赤目の照準光が、寸分の狂いなくレゼウスたちへと向けられた。
「それがキミの答えか?」
「そうだ! この果て無き世界、いざこざなんて一日で数知れない程起きている。中央政府が把握しきれないほどのな。おまえたちが一人死んだところで、砂漠で不慮の事故に遭ったと処理される。お勤めご苦労」
ラムジィは下劣な笑みに口が歪んだ。
「撃て!」
「いやっ!」
アリーが目を瞑り叫んだ。
「星辰ノ外套」
レゼウスは淀みなく淡々と言葉を紡いだ。その瞬間、レゼウスの首元にある星型のブローチが群青に光った。その光は束と成り、するするとレゼウスの肩から背中が伸たかと思えば、三人の前に広がり、弾丸の雨を遮った。弾丸もまた、魔動による魔力エネルギーだが、それらはマントに吸収され消滅した。
「なっ……なんだそれは!」
マントはまるで星空をそのまま写したようだった。青と漆黒の中に星粒の如き煌めきを湛えている。
「“フラクタム”聞いたことないかい?」
「フ、フラクタム?」
「魔法とは元来、マナを操れる才能ある者しか扱えなかった。所謂"魔法使い"だ。だが、魔動が発明され誰でも魔法の恩恵を享受できるようになった。では、元々魔法使いと呼ばれた者たちは時代の潮流に飲まれてきたのか? 否。魔法使いたちは逆にその魔動を逆に利用し、魔法をさらなる次元に高めたんだ」
スターレイがはためく。レゼウスが腕を振るうと、それに追随してスターレイは広がり、ボットたちを掠めるように薙いだ。鉄の体は、ナイフで切られたバターのように真っ二つに切断される。その光景を見てラムジィは腰を抜かす。
「そ、そんな……」
「魔法の極致とは――思い描いた概念や事象を拡大解釈し、具現化することだ」
レゼウスはゆっくりとラムジィに歩み寄る。コツ、コツ、と靴音が大理石の床に静かに響く。その顔は常に柔和な笑みを浮かべている普段のレゼウスとは想像もつかないほど憎悪に溢れ、夥しい殺意を隠そうともしていない。
「私のフラクタム『スターレイ』はマントだ。マントは覆い、遮断する。拡大解釈すれば、それは空間と空間を隔絶できるのだ。鋼でもダイヤモンドでも切断できる。無論、おまえの首でもな?」
スターレイが持ち上がる。それは悪魔の翼だった。純然たる圧倒的な魔力の奔流。ただあるだけで窒息しそうな波動を、その場にいた誰もがそれを感じた。
「お、お、お願いだ! こ、殺さないでくれぇ!」
ラムジィは歯をガタガタと震わせて叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
アリーは慌ててレゼウスを静止する。
「どうした?」
「何も殺すことはないのでしょうか?」
「なぜだい? そいつは力を持たない少女たちを攫い、私欲を満たすため慰みものとして扱った。これは強者から弱者への搾取だ。パンデモニウムはそれを許さない」
「で、ですが! 彼もまた一つの命です。命は無闇に奪うものではありません!」
レゼウスはアリーの目を見つめた。青い瞳は、目を背けたくなるほど冷たい。だが、アリーも引かなかった。
「――アリー。キミは被害者だ。そのキミがそう言うなら、それに免じて赦そう。ただし、条件がある」
「な、何をすればよいのだ?」
「パンデモニウムと契約しろ。マナジウム採掘業の業務提携だ。マナジウムを優先的にパンデモニウムに売るんだ。我々も他よりも高く買う。我々としてもマナジウムの安定供給が図れる。そしてその利益を従業員へ還元するんだ。そうすればストライキも減るだろう」
「うぅ。分かった。そうしよう……」
ラムジィは魂が抜けたようにうなだれた。レゼウスのスターレイが、今度はブローチ中に吸い込まれて消えていく。
「さぁ早く行った行った!」
ネビュラは少女たちに叫ぶ。突然の出来事に、半ば呆然としていた少女たちは、はっとして逃げていく。
「ありがとうございます!」
一人の少女がレゼウスたちに頭を下げた。
「礼を言うなら彼女に」
レゼウスはアリーに目配せをする。するとアリーは少女の頭を撫でた。
「ちゃんと帰ってくださいね。今度は捕まらないように」
「はい!」
少女はしっかりとした足取りで駆け出した。その背中を見て、アリーは「よかった」と呟いた。
三人も屋敷を後にする。外に出ると日は傾き、砂漠の街は間も無く夜を迎えようとしている。
「この指輪を返すよ」
レゼウスはアリーの手を取り、手の平にミスリルの指輪を置いた。
「え? なぜでしょうか。これは報酬としてレゼウス様に差し上げたものです」
「キミの覚悟を問うために貰ったんだ。自分の利益のないことに、どれだけのものを差し出す覚悟があるのか。指輪はただミスリルというだけではなく、何か特別な物なのだろう? キミは他人を助けるためにそれを支払った」
「……わたくしを試していた、と?」
「出会って間もない者同士だ。互いを知るのに手っ取り早い。それにラムジィ鉱業とのパイプができるという、思わぬ収穫もあったからね」
レゼウスはにっこりと微笑んだ。ついさっきまでラムジィを殺そうとしていた人間にはとても思えない。
「もしや、ラムジィを手に掛けようとしたのも演技ですか?」
「どうだろうね。想像にお任せするよ」
「あれはただ性格が悪いだけだぜ」
ネビュラはアリーに耳打ちするように言ったが、その声は全く小さくない。
「聞こえているよ。それに、性格の悪さに関してはキミに言われたくない」
「オレのはプログラムのバグだから仕方ねーんだよ」
「まったく都合がいいな。それはそうと、そろそろ飛空船の修理も終わっているはずだ。ドックに戻ろうか――どうかしたのかい?」
浮かない顔をしていたアリーに、レゼウスが気づいた。
「私はその……お供してもよろしいのでしょうか?」
その質問に二人とも首を傾げる。
「当たり前だろう。キミはすでに、パンデモニウムの一員だ」
レゼウスのその言葉に、唐突にアリーの両頬を大粒の涙が伝う。何か堰が切れたのか、とめどなく溢れては、乾いた砂へ落ちていく。
「あれ……? わたくし、なぜでしょうか。気が緩んで……。本当にありがとう、ございます」
「なんで泣いてんだ? 人間の感情ってのは理解できねぇな」
ネビュラが珍しくアンドロイドらしいことを言う。
「――砂漠で水分不足は命取りだよ。ほら、行こう」
レゼウスは何も聞かず、ただそれだけを応えた。
「はい!」
アリーは涙を拭う。まだ、その美しい肌には雫が残っていたが、それは夕陽に照らされて輝き、まるで貴石だった。




