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 小型魔動飛空船(フライングシップ)「ブラックデストリエ号」は、見渡す限りの砂漠の上を飛行していた。レゼウスはコックピットに座りながら、窓から入ってくる柔らかな朝の陽光に温もりを感じながら、コーヒー片手に新聞を眺めていた。もちろん、操縦は自動操縦に任せている。これを優雅な朝と言わず、なんと言うのだろうか。


「アギドゥ・ラムジィ氏が会長を務める、ラムジィ商会の従業員がストライキを起こした。ラムジィ商会の不当な雇用条件についてだ。同氏はこれを『ごく一部の者が言っているだけ。些末な問題だ』と一蹴した」


 レゼウスは静かに新聞を閉じると、またコーヒーを飲んだ。席を立ち、窓の前に立つ。薄茶色の背景に、黒髪の男が写る。目元まで伸びた前髪。右側だけ後ろに流し、切れ長の目が自分自身を見る。首元の六角形をした星型のブローチが、反射して光った。ブローチの真ん中には紺青の石があり、その石の中には、ハートのような二重の模様が透けて見える。そしてその石を囲むようにある星型の真鍮部分には、何やら複雑な文字が彫られている。


 この世界は実に広い。飛空船が発達した現代においても、世界の全てが明らかになっていないどころか、世界は今でも広がり続けていると唱える学者もいるほどだ。このあまりにも広大な世界を旅する飛空船は、何週間も航行可能かつ最低限の生活を営む場でなければならない。つまり、どんな小型の飛空船にも大抵寝室やトイレ、シャワールーム、キッチンなどが完備されている。だからこうして朝のコーヒーを、淹れることができるのだ。


「よぉ」

 その声にレゼウスはチラッと顔を後ろにやる。そこにいたのは短く切り揃えられたピンクブロンドの女だ。彼女は共にブラックデストリエ号に乗り、仕事をしているネビュラだ。


「おはようネビュラ。メンテナンスは終わったのか?」

 レゼウスがそう言うと、ネビュラは肩をグルグルと回した。

「バッチリだぜ。それより、いまどこらへん飛んでるんだ?」

「まだ大砂漠(グレートデザート)だよ。だいぶ東まで来たけど、まだだいぶ南いるかな」

「ふーん」


 ピーピーピーピーッ。明らかに普通ではない響きに、レゼウスは目の前の計器を見た。そこには「エンジン異常」の赤いランプが点いている。


「さっすがレゼウス! 持ってる男は違うなー」

 がさつな物言いでゲラゲラと笑う。

「全く笑い事じゃないよネビュラ。この大砂漠に不時着でもして取り残されたら、私たちは数日と持たないよ」


 レゼウスとネビュラはそれぞれ席に着く。

「というわけで、墜落する前に近くの都市に入港しよう。最寄りの港を調べてくれ」

 ネビュラはキーボードを小気味よく叩きはじめる。

「最寄りはサジャって町らしいぜ」

「初めて聞く名前だね。データベースにアクセスできるかい?」 

「あぁ。待ってくれ。えーと、メルーナ領サジャ。座標はXマイナス30.92534,Y118.95328。メルーナだからセントリア連邦加盟都市だな」

「ふむ。こんな砂漠の僻地でもメルーナ領なのか」


 セントリア連邦。いくつかの都市国家から成り立ち、中央政府により一定の秩序が保たれている。メルーナも連邦に加盟している国家の一つだ。


「では決まりだな。サジャへ入港するぞ」

「了解だ」

 こうしてブラックデストリエは、砂まみれの港に入港した。


 

 大体どの都市でも飛空船の港は、主要な都市の外れにあり、巨大な施設となっている。この施設は飛空船の停泊場とドックを兼ねており、船の修繕も依頼できる。このサジャも例外ではなかった。


 レゼウスがドックの作業員に症状を伝えると顔をしかめた。

「ふむ。魔動リアクターのセンサーがぶっ壊れてるな」

「修理できるかい?」

「まぁな。だが半日はかかるぜ」

「問題ない。どこか時間を潰せる場所はあるかな?」 

「それならバザールだろな。サジャで一番デカい市場さ。空港出て目抜通りを行けばすぐにある」


 ボートの修理を依頼をすると、街へと赴いた。港を出るとすぐに強い日差しが出迎える。無造作に張り巡らされた電線。取ってつけたように置かれた空調の室外機。迷路のような道。建物と建物の間には、時折り浮浪者が日差しから逃れて座り込んでいる。

大通りを歩くと、確かにバザールがあった。いくつもの布が建物間を渡り、簡易的なアーケードを作っている。バザールには食材から武器までごちゃ混ぜで売られていた。


「堂々と武器が売られてんなぁ」

「メルーナ自体、連邦の中でも外れに位置する。おまけにここサジャは、メルーナの中でも端っこだ。中央政府の目が届きにくい町なんだろう」


 その時、大声が聞こえてきた。

「うーっ! うーうっ!」

 奥の建物の陰、女が腕を振って嫌がっている。女はロープに繋がれて、側には男が鞭を持っていた。

「暴れんじゃねぇ! 鞭で打つぞこの奴隷め!」

 その言葉に、女の唸り声は小さくなる。女の耳は尖っており、限りなく銀に近い金髪だ。何よりその顔は、口を布で封じられているが、それでも尚この世のものとは思えないほど美しかった。


「なんだ、あの種族は?」

「あれはエルフだ」

「エルフだって? 初めて見たぜ」

「エルフ族はもう三百年以上鎖国しているからね。彼らが自国の外に出ることは非常に稀なのだが。恐らく奴隷商に捕まっているんだろう」

「おいおい。奴隷って禁止されてんだろ?」

「連邦法ではね。さっきも言ったけど、非合法がまかり通る街なんだよ」


 ネビュラは「へぇ」と興味があるのかないのか分からない気の抜けた返事をした。奴隷商はエルフを無理矢理引きずりながら歩いていく。

「あのエルフ、どうなるんだ?」

「まぁ、当然奴隷として売られるんだろうね」

「ふーん。行くのか?」

「あぁ。無法地帯ということは、我々もまたそこに乗っかれば良いのさ」

 その顔は悪巧みをする少年のような顔をしていた。二人は奴隷商に近づく。


「ちょっといいかい?」

「あぁ? なんだてめぇ」

「そのエルフは商品かな?」

 奴隷商はレゼウスを怪訝な顔で睨みつけた。

「そうだ。これからバザールで売るんだよ。こいつは上物だぜ。エルフの奴隷なぞ滅多にお目にかかれないからな」 

「なら、私が買いたいんだが」 

「へぇ? あんたが?」

 奴隷商はレゼウスを値踏みするように上から下まで舐め回すように見た。


「我々はパンデモニウムだ」

「パンデモニウムだって? あの大傭兵団のか?」

 レゼウスは短く「そうだ」と答えた。

「へぇ。聞いたことあるぜ。『万魔の傭兵団。自由を尊びされど戦場では苛烈なり』だっけか?」

 奴隷商は茶化すようにゲラゲラと笑う。

「ふふふ。皆が皆そうじゃあない。私は交渉人でね。世界各地で商談やを行う構成員さ。戦闘は専門外だ」

「へぇ。まぁなんでもいいさ。それで、傭兵団がエルフなんかを買ってどうするんだ?」

「もちろん、傭兵に育てる。エルフ族は視覚と聴覚に優れた種族だ。育てれば優れた斥候員になる。人材発掘も、交渉人の仕事なんだ」

「なるほど。まぁ確かにそうだ。それで、いくらで買うんだ?」

「そうだな。百万アウルでどうだ?」

 レゼウスは懐から一枚の小切手を取り出した。それを見た奴隷商人の顔が僅かにニヤけた。


「百万? 悪くはないが旦那。こいつはエルフ。しかもまだ若い。エルフは長寿で二十代半ばからほとんど老いなくなる。だが、こいつはまだ十五、六といったところ。三百年生きるエルフの子供だぞ? 最低でも三百万だ。傭兵を育てるとか言っておきながら、どうせ慰みものにでもすんだろ? そっちの価値も考慮しねぇとなぁ」 

「うーっ!!」

 その言葉を聞いて、エルフは暴れ出した。

「こいつめ! 暴れるなと言ってんだろ!」

 奴隷商人は腰の鞭に手を伸ばす。

「ネビュラ」

 レゼウスの一言で、ネビュラが動いた。その腕は瞬時にブレードとなり、ビュンと奴隷商人の目前で止まる。奴隷商人は目を見開いた。


「うっ! おまえアンドロイドか?」

「戦闘用アンドロイドSA-990。でも、倫理プログラムが少々狂っていてね。とても短気で、すぐに人の首を刎ねようとするんだよ」

 

 ニコッと笑いたながらレゼウスが答えた。

 

「そういうわけ。オレ、バグっちまってるんだとよ!」

 ケタケタと笑う異様なアンドロイドに、奴隷商の顔は引きつっている。

 

「そのエルフは私がこれから買おうとしている商品だ。傷ものにしたら、価値が下がるだろう。そうなれば、君で埋め合わせをするしかない。例えば……臓器を売ったりとか。夕方には新鮮なキミのそれがバザールに並ぶかもしれない。腎臓、肝臓――心臓も売れば三百万に届きそうかな。それと慰みものとか、汚い口を閉じな方が懸命だよ?」

 

 レゼウスの笑顔が消え、その柔和な顔に影がよぎる。それはほんの刹那だったが、奴隷商はそれを感じ取った。


「わ、分かった! 売る、売るよ。お願いだからその剣をどうにかしてくれ!」

 ネビュラはつまらなそうに舌打ちした。ブレードは腕の形に戻る。

 

「物分かりが良くて助かる。それでは取引成立だね」

 

 そう言って小切手を奴隷商人に手渡した。奴隷商人はそれを受け取ると、小走りに去っていった。

 

「待って。今、縄と口の布を取るから」 

 そう言ってレゼウスはエルフの縛っているものを全て解いた。途端、エルフはうさぎみたいに飛び退いて、怯えた目でレゼウスたちを見た。


「大丈夫だよ。別に取って食ったりするわけじゃない」

「……でも貴方はわたくしを買ったのでしょう?」

 

「確かにそうだが、別に君をどうこうしようとして買ったわけじゃあない。信条に従ったまでだ」

「信条?」

 

「我々パンデモニウムは、力持つ者が一方的に持たぬ者から搾取したり、虐げることは許さない。だから、君をどうこうしようという意志ない」

「そ、そんなの。信じられません!」

 

「まぁ、無理もない。これ以上何も言わないよ。だが一つ忠告を。ここは治安も悪いし、さっきみたいな奴隷商のような非合法がまかり通る。もちろん、君に宛てがあるなら構わないのだが。私達もここに来たばかりだ。土地勘に疎いもの同士、手を組んだ方が賢明だと思わないかい? 互いに対等な立場として、ね」

 

「そ、それでしたら同行させてもらえると助かり、ます」

 

 エルフの少女はバツが悪そうに頭を下げた。

 

「では決まりだな。立ち話もなんだろう。適当な場所で互いのことを話し合おう」


 

 レゼウスの提案で、三人は適当なパブに入った。まだ昼前だというのにパブはそれなりに混んでいた。レゼウスとアリーは適当に飲み物を注文した。テーブルに飲み物が到着したタイミングで、レゼウスが話始めた。


「私はレゼウス。こっちはネビュラ。さっきも言ったけど、傭兵団〈パンデモニウム〉の一員さ。世界を旅しながら周っているんだ」

「わたしくは――アリーです」

「そうか、アリー。それは紅茶だ飲むと良い。心が落ち着く」

 レゼウスに促されて、アリーは紅茶を飲む。ほっと小さいため息を吐いた。


「実は乗っていた飛空船が調子悪くてね。修理の間サジャに滞在することになった」

 

「ひくう、せん?」

 

「あぁ? おまえ飛空船も知らねぇのか?」

 

「その……アルフヘイム外に出たことなくて」

 

「アルフヘイムとはエルフの国のことかい?」

 

 アリーはこくりと頷いた。


「ネビュラ。データベースにアクセスしてアルフヘイムについて調べてくれるかい?」

 

「オーケー。――アルフヘイム。座標不明。セントリオ連邦()()()国家。三百年以上鎖国しており、詳細不明。だとよ」

 

「その通りです。私たちエルフ族は外の世界とのを交流を絶っていました。森とそこに暮らす生き物たちの調和を重んじているので」

 

「へぇ。調和、ね」

 

「それにしてもアルフヘイムの外の世界は見たことないものばかりです。飛空船に、それにさっきのネビュラ様は、アンドロイドでしたか? その、大変失礼ながら、アンドロイドという種族は初めて耳にしましたので」

 

「あぁ? 飛空船の次はアンドロイドも知らねぇってか?」

「は、はい……」

 

「そんなら、魔動技術(マナテック)は?」

 

 アリーはかぶりを振った。


「おいおいマジかよ。どんだけ世間知らずだ?」

 ネビュラは驚いて肩をすくめた。

 

「まぁ、エルフハイムは鎖国しているんだ。無理もない。では、マナは知っているかい?」 

 

「それは知っています。この世界に溢れる命の力、ですよね?」

 

「そう。いわゆる魔力、生命エネルギーとも呼ばれるものだ。我々の身体にも存在する。マナは大昔から認知されていたが、ついこの前までは一部の人間だけにしか扱えなかった。いわゆる魔法使いと呼ばれていた人種だね」

 

 レゼウスは徐にコートのポケットからカプセルを取り出した。カプセルの中には青白く煌めく、小さな石が入っていた。


「それは……?」

「マナジウム。今から五十年程前に、地中奥深くからが発見された鉱石だ。研究を進めていくうちに、この石にはマナを蓄える性質があると分かった。さらに、たとえマナを使っても、時間が経てば回復する。こんな便利な物が動力として使われるのは時間の問題だった。そして遂に、とある科学者がマナジウムを動力源とする技術を完成させた。それが魔動技術(マナテック)だ。魔動のおかげで私たちの生活には電気が供給され、きれいな水が飲め、そして空を飛べるようになった。魔法使いでなくとも、誰でもマナの恩恵を享受できる」

 

 そこで一旦レゼウスはコーヒーを飲んだ。


「アンドロイドも、その賜物さ。彼らの動力は魔動だ。つまり心臓がマナジウムで出来ている」

 

「そんな物があるなんて……。では、ネビュラ様の身体は人のそれとは違うと?」

 

 ネビュラはニヤリと口の端を歪ませると、右腕をブレードに変形させて自分の左腕を斬り始めた。

 

「なっ……なんてこと」

 アリーは口を塞いで目を背けた。


「なんもねぇよ。見てみろ」

 恐る恐る目を開けると、皮膚から血は流れていなく、その奥には何やら鈍色に動く物があった。それはネビュラが手の平を動かすたびに、付随して動いた。

 

「金属だよ」

 レゼウスが言った。

 

「アンドロイドの身体は金属で出来ている。我々のような有機物ではない。皮膚も人工物で、あくまで人を模したものだ。剣で斬られても、弓で射抜かれても、そう簡単に死ぬことはない」

 

 大きな目をさらにまん丸にして、アリーは感嘆のため息を吐いた。


「そんな技術が外の世界にあったなんて。私は無知なのですね」

 

 そこでアリーは、何か思い出したように真剣な面持ちになる。


「お願いがあります! 私以外に囚われている方々がいるんです! あの方々を助けてください」

 

「囚われている? 他にも奴隷たちがいたと?」

 

「はい。わたくしたちはとある場所に一ヶ所に集められていました。その中から私だけが外に連れ出されて、バザールで売られると……」

 

 レゼウスは目を細めて、アリーを真っ直ぐに見た。


「そうしたら、キミは私たちに何をくれる?」

「なっ……! 利ですか?」

 

「当然だ。私たちは傭兵。戦いをすることで生きているんだ。そんな我々にただ働きをしろと?」

「そ、それは……」

 

 アリーはしばらく俯いていたが、やがて右手の中指に嵌めた指輪を取った。

 

「これを差し上げます」

 

 レゼウスは指輪を持ち上げて灯りに照らして見る。銀色の指輪だが、角度を変えるとゆらりと波紋が浮かび上がる。


「ほぉ、これは」

「なんだ? 高いのか?」

 ネビュラも不思議そうに覗き込んだ。

 

「これはミスリルだ。相当な値打ちものだ」

 

「ミスリル?」

 

「あぁ。特定の地域でしか採れない金属だ。鋼鉄よりも硬く、銀より美しく輝く。というかいつも思うけど、キミはアンドロイドなんだから、自分でデータベースにアクセスすれば詳しく書いてあるよ」

 

「いちいちデータベースにアクセスすんのが面倒だから聞いてんだよ」

 

 レゼウスはまったくという具合に肩をすくめた。


「それはそうと、その奴隷たちはキミとは関係無いのだろう? なぜ助ける?」

 

「人を助けるのに、理由はいりません」

 

 そのヒスイ色の目には毅然とした強い意志が宿っていた。


「我々とは対極の考え方だ。でも、対価を貰ったからには必ず契約は果たすよ。このパンデモニウムがね」 

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