プロローグ
――その夜、静かな森の国、エルフの里アルフヘイムは突如戦火に包まれた。無数の空飛ぶ船。鉛から迸る稲妻。それらを操る装甲を纏った、巨体な者ども。都に張られた結界は容易く破壊され、森の民はなす術なく蹂躙された。
「ご、ご報告します!」
宮殿の円卓の間に慌ただしく斥候兵が駆け込んできた。
「敵が都の城門を突破しました! 敵軍の操る武器に、城門は容易く破壊されました」
国王を含めた大臣や、国の重鎮たちは顔を見合わせた。
「どのような武器なのだ?」
国王エルドラスは、冷静に淡々と尋ねた。
「……何と言えば良いか。鉄の棒のような物ですが、その先から炎の弾丸や稲妻を撃ちだすのです。いとも簡単に。奴らは指先を動かしているだけでした」
聞いたこともない兵器に、動揺が起きる。
「空飛ぶ船に、稲妻を出す鉄の棒。この国はもうおしまいだ! そもそもなぜ"隠れの結界"が破れたのだ!」
大臣の一人が悲嘆の声を上げる。森に同化し、近づいた者を迷わせる結界が、アルフヘイムには張り巡らせていた。そのおかげでこの三百年近く、外界との接触を断ち繁栄してきたのだ。
「静まれ!」
エルドラスの一喝が円卓の間は、落ち着きを取り戻した。
「ならば黙ってこのまま死ぬのか? どんな絶望だろうが、抗わなければならぬ。例えそれが武力でなくとも、奴等がまともに対話できるのであれば交渉に応じるのもまた抗うということだ」
「降伏しろというのですか?」
「そうしなければエルフという種族が全滅するのであれば、そうせざるを得ん!」
エルドラスの言葉に、誰ももう反論しなかった。
「お父様! 私も戦います!」
ずっとその様子を見ていた王女アリーシャが声を上げた。エルドラスの一人娘、つまりアルフヘイムの王女だ。
「アリーシャ。逃げるのだ」
国王エルドラスはそう愛娘に言った。
「逃げるですって? 私もエルフです。民と森を愛した国王の娘です! 弓だってたくさん練習してきました。最後まで戦います!」
その瞳は泳ぎ、しかしどこまでも強い輝きを放っていた。この窮地で、失わない光だった。エルドラスは娘の目を真っ直ぐに見た。
「アリーシャ。おまえは逃げて、外の世界に出て助けを呼ぶのだ」
「外の世界……?」
「そうだ。外の世界には、我々の知らない技術や、力を持っている者達がたくさんいる。今攻めてきている敵が、そういう武器を持っているのが何よりの証拠だ」
「そ、そんな。しかし皆を置いてなど……」
エルドラスはアリーシャの手を握った。
「良いか。王家の血筋であるお前にしか出来んことだ。その家宝の指輪が、助けになる」
アリーシャの右手中指の指輪に、エルドラスは触れた。銀の指輪だが、良く見ると波紋が浮かび上がり不思議な光彩を放っている。そして傍にいた男へ視線を送った。
「ガーウィン。アリーシャを城の抜け道に連れて行け」
「御意」
大臣の一人であるガーウィンは、そのやつれた顔を上げてアリーシャにお辞儀をした。
「こちらです王女」
アリーシャとガーウィンは足早に円卓の間を後にする。手短に旅支度を済ますと、二人は急いで、宮殿の裏手にある地下に向かった。薄暗い地下道を進むと、開けた場所に出る。そこは川に繋がっており、小さな波止場があった。
「こんな場所があったなんて」
「いざという時に造られたものだと聞いております。まさか、使う日がこようとは。さぁ、船に乗ってください」
焦燥と不安に押しつぶされそうになりながら、アリーシャは水面に浮かぶ船に乗る。
「なぜこんなことになってしまったのでしょうか」
「――私達は時代に取り残されてしまったのです。外の国々は進化しているというのに、我が種族は一向にそちらに目を向けません。力のない国が滅ぶのは必然です。アリーシャ様は外の世界の情勢は知っておられますか?」
「いえ……」
「外の世界は、混沌としています。大きな国は安全ですが、そうでない国は、国同士や内戦などの武力紛争も頻繁に起きています。そういう危うさの隣にエルフ族はいるのですよ」
その時、アリーシャの身体に鋭い衝撃が走る。
「え?」
アリーシャは、自身の腹部に刺さったナイフと、それを握ったガーウィンを見た。そのまま船へ倒れ込む。
「ガー……ウィン」
「隠れの結界を解いたのは私だ。どらにしろ結界があろうと外の技術で見つかるのも、時間の問題だった。だから私が奴らをここまで手引きしたんだ」
船を留める縄をガーウィンは解きながら言った。船は岸から、後ろ髪引かれるようにゆっくりと離れていく。
「そうすれば私の安全は保障するという取引だ。先の見える危機から、自分を守る。国王を始め、仮初の平和の中で生きて、何もしなかったのはあなた達だ。残念だよ王女。あなたは国の命運を背負わされたが、その役目はもう終わりだ。国王は永遠に帰らないあなたと、救国の英雄を待ち続ける。くくくく」
失いゆく意識の中、美しかった都は、地獄の炎に焼かれているのを見た。紅蓮に照らされた夜空には、空飛ぶ船がアリーシャを嘲笑うかのように、見下ろしながら飛んでいた。




