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 サジャを発った三人は、ブラックデストリエ号で夜空を駆けていた。ブラックデストリエは、船首が馬の顔のシルエットに似ていることから「デストリエ(軍馬)」の名を冠した機種だ。最高速度は五九五ノットに到達する。これは小型魔動飛空船の中で最速と言っても良い。当然、動力は魔動であり、マナジウム炉がエンジンに組み込まれている。それらの説明をレゼウスがアリーにしたのは、少しでも今この世界の状況や技術を知ってもらうためだが、アリーは終始、口をポカンと開けていた。


「ここがアリーの部屋だよ」

「まぁこれは!」


 部屋を案内すると、アリーはホテルのスウィートルームに来たみたいに目を輝かせた。だが、部屋は至って簡素だ。パイプ型のベッドが一つと、これまた飾り気のないキャビネットが一つ。生活するのに最低限なものだけある、といった感じだ。


「さっきも言ったけどシャワーとトイレは自由に使ってもらって大丈夫だよ。部屋は狭いけど家じゃないから我慢して欲しい」

「狭いだなんて」

 そう言いながら、キャビネットの上にある鏡で、長いプラチナブロンドを手櫛で整えていた。それからコックピットに案内する。


「すごい……」

 薄暗い部屋に、無数の計器類が夜空をバックに出迎える。その全てが、アリーにとっては摩訶不思議な物に見えているに違いない。


「これはなんでしょうか?」

 アリーは計器中の一つを指差した。


「それは高度計だよ。どのくらいの高さを飛んでいるか分かるんだ。今は上空一万キロ。雲よりも高い場所を飛んでいるよ」

「そんな高い場所を飛ぶのですね」

 アリーは窓の側まで行くと、恐る恐る外を眺めた。


「うん? 星空がそんな珍しいのか?」

 気の抜けた声で言ったのは、行儀悪く操作台に脚を引っ掛け、ふんぞり返っているネビュラだ。「アンドロイド099」というタイトルの漫画を読んでいる。

「いえ。アルフヘイムでも星空はよく見られました。ただ、地に足がついていないと言いますか。本当に飛んでいるのかと思うと、少し怖いです」

 そう言いながら、そわそわと足元を動かす。


「三日もすれば慣れて飽きるぜ。そしたら漫画貸してやるよ。めちゃくちゃ面白いぜ」

 漫画ですら、アリーは見たことない物なのだ。ネビュラの横から覗き込み、驚いた顔で口を押えている。


そんな光景を横目に見ながら、レゼウスは地図を確認する。

「ゼロシティに向かっているから、これから十日間くらいは飛ぶよ」

「ゼロシティ?」

「セントリオ連邦の首都だよ。人類の中心地。文明文化の最先端をゆく大都市さ」

「どんなところなのか、想像もつきません」


 ここではないどこか遠くを見るような目で、アリーはしばらく夜空の彼方を見ていたが、やがて二人に向き直る。


「お二人に話さなければならないことがあります」

「なんだい、改まって?」


 レゼウスもまた、アリーの態度を察して向きを正した。その横で、ネビュラは相変わらず漫画を読んでいる。アリーは小さく深呼吸して、ゆっくりと切り出した。


「わたくしは……わたくしの本当の名は、アリーシャ・ウリカ・ストウトレド。アルフヘイムの王女です」


「なんだってぇぇ!!」

 大仰天するネビュラをよそに、レゼウスは全く表情を変えなかった。

「レゼウス様は気付いておられたのですか?」

「ミスリルの指輪を見た時にね。ミスリルは光の屈折で彫られた文字が見えたり見えなかったりするんだ。エルフ語だから全部は分からなかったけど、王とか伝承とかいう言葉が彫られていた」

「はぁ? 気づいてたなら教えろよ!」

「いやいや。王族だとは思ったよ。でもまさか王女様だとは思わなかったからね。確証もなかったし」

「エルフ語を知っているなんてさすがですね。今やエルフでも使ってる者はほとんどいません」


 そこでアリー表情は曇り、さらに憂色を帯びる。

「エルフの国、アルフヘイムは今滅亡の危機に瀕しています」


 アリーは静かに語り始めた。ある日突然、謎の大軍が攻めてきたこと。裏切り者がいたこと。そしてその後のことを。



 ガーウィンは笑っている。その手には血の付いたナイフが握られていた。


「あなたは死んだのですよ」


 アリーは恐る恐る自分の腹を見る。血に染まった服。手には大量の血。呼吸が荒くなる。


 ――なぜ! なぜこんなことを! 貴方のせいでエルフの民は!


 しかし声が出ない。アリーはガーウィンを問い詰めようと手を伸ばすがそれすら届かない。深い水の中にいるみたいに、もがいてももがいても掴めない。体はどんどん沈んでいく。苦しさと、途方もない無力さに押しつぶされそうになる。

 

「はっ……!」

 アリー息苦しさと痛みで、突かれたように目が覚める。呼吸が荒い。体は汗がぐっしょりだ。眩さに中々目を開けず、徐々に開いていくと、最初に目に入ったのは木目の天井だった。それと焼ける香ばしい焼ける匂が鼻をつく。ゆっくりと起き上がると、脇腹のあたりが痛む。


「目が覚めたか」

 無愛想な声に、アリーまだぼやける目を擦る。壮年の男だった。無精髭で髪は白髪混じりだ。竈で何やら肉を焼いているようだ。香ばしい匂いの正体はそこからだった。


「悪いな。酷い怪我だったから手当したときに脱がせた。具合はどうだ?」


 そう言われてアリーは初めて、汗で張り付いた服がほとんど肌気なのに気づき、顔を赤らめ布団で身体を隠した。


「あっ。えーと、まだ少し痛みます」

「そうか。だいぶ回復したな。それと、その腹の傷跡は一生治らん。言い訳だが、ここにある道具と俺の腕じゃ、あんたを生かすだけで限界だった。すまない」

「いえ。命を助けていただいただけで感謝です。本当にありがとうございます。ですが、お礼をするものが何もありません。どうすれば良いでしょう?」


 男は徐に、壁に掛けてあったチュニックを取ると、つっけんどんに手渡した。

「礼なんか別いらん。これを着ろ」


 城を出るときに着ていたチュニックだ。刺された部分は器用に縫われている。これもこの男が直したのだろう。


「……ありがとうございます。その、わたくしはアリーシ……アリーです。貴方のお名前は?」

「ヘルマンだ」

 ヘルマンはアリーの方を見向きもせず、肉の面倒を見ながら答えた。


「ヘルマンさん、ここはどこでしょうか?」

「ブンゲ樹海だ。樹海といってもかなり外側だ。あんたらのいるであろう、森深くではない」


 耳の形や髪の色でエルフだと見抜かれているのだろう。エルフの伝承は各地で残っていると、以前エルドラスから聞いたことがある。


「いつも水を汲みに行く川で、あんたが血塗れで倒れていた。ナイフが抜かれていなくて不幸中の幸いだ。そのおかげで止血されていたからな。場所も奇跡的に内臓を外れていた」


 つまり瀕死状態で小舟に乗ったまま、川を下り、助けて貰ったのだ。なんと幸運なのだろう。ヘルマンはお椀にご飯をよそり、アリーの前まで持ってきた。


「雑煮だ。食べろ。卵と肉が入ってる。肉は細かく刻んでいるから、食べれるはずだ」


 命を救われ、さらに食事まで用意されているとなるといよいよ気が引けた。


「なんだ? 人の作った物は食えないか?」

「い、いえ。いただきます」


 半ばヘルマンの圧に負けて雑煮を口に運ぶ。だが腹が減っていたのか、アリーは自分でも驚く早さで平らげてしまった。それからまた、ヘルマンは黙って作業をしていた。アリーは部屋を見渡した。部屋にはアリーにはよく分からない医療道具と思われる物がたくさん置かれていた。


「ヘルマン様はお医者様なのですか?」

「……今はただの世捨人だ」


 また沈黙が広がる。パチパチと暖炉で爆ぜる薪の音だけが、安らかに聞こえた。それから何日か、アリーはベッドどテーブルを行き来するだけの生活だった。どうやらヘルマンはこの小屋で自給自足の生活をしているようだった。必要以上のことは何も喋らず、何かしら黙々と作業をしていた。その日も、鉄の棒みたいなものを手入れしていた。


「それはなんでしょう?」

「銃を知らないのか。この鉛の弾をここに込めて、こいつ――引き金と言うが、引き金を引くと弾が勢いよく飛び出す。それで獲物を殺す。あんたが食べた肉も銃で仕留めたもんだ。まぁ、今どきこんな骨董品を使っているやつはいないだろうがな」


 アリーはあの夜のこと思い出した。衛兵からの報告だ。鉄の棒のような物で、指先を動かすだけで、そこから炎の玉や稲妻を撃ちだす。


「その銃から炎の玉や稲妻が出てくることはあるのでしょうか?」

「それが現代の銃さ。魔動と掛け合わされた銃だ。まぁ俺は好かないがな」

「それを持っているのはどんな者たちですか?」

「まぁ戦いに身を置く者だな。傭兵や衛兵と、野盗もそうかもな。なぜそんなことを知りたがる?」

「それは……」

「数日前、上空を無数の飛空船が、樹海の奥に飛んで行くのを見た。それと関係があるのか?」


 アリーは何も言わない。それは関係のない者を巻き込まないためであったが、無言の肯定でもあった。


「あの飛空船は赤と黒の縞模様があったろ。あれはオーク族の飛空船だ」

「オーク?」

「豚のような顔した巨体な種族だ。奴らの多くは定住せず、飛空船に乗りながら各地で略奪して生計を立ててる。そして自分たちをアピールするために、飛空船は赤と黒の縞模様でカラーリングするんだ」


アリーの中にふつふつと怒りの感情が沸く。だが今それはやり場のない怒りだった。そんなアリーの様子を見ていたヘルマンは、椅子から立ち上がると棚から巻物を取り出して、テーブルに広げた。


「今時、こんな紙の地図を使うやつなんていないがな。この小屋はここら辺だ」

 ヘルマンは地図を指差す。そこからさらに南に指を動かした。


「ここら辺に行けば、街やコロニーはいくつか点在しているが、一番近い街だとサジャだな。ただ気を付けろ、治安が悪い。エルフなんかがいれば好奇の目に晒されて、下手したら人攫いに捕まるかもしれん。だが、大きな町には傭兵がいる可能性も高い」

「傭兵?」

「その名の通り、戦いを生業にする連中さ。奴らは荒くれ者だが、報酬さえあれば力になってくれる」

「でもわたくしお金なんて」

「別に金じゃなくなって構わない。価値のある物ならな」


 アリーは右手中指のミスリルの指輪を見た。ヘルマンはアリーから目を逸らし、ため息を吐き、ゆっくりと椅子に座る。


「俺にも娘がいてな」

「そうなのですね。別のところで暮らされているのですか?」

「死んだよ」


 アリーは思わず言葉に詰まる。だが、ヘルマンは気にするなと短く返した。


「もう過去のことだ。生きていれば、丁度あんたと同い年か、少し下くらいか。俺がいた地域で紛争があってな。それは大勢の人間が亡くなった。俺は医者だったが、自分の娘を助けることができなかった」


 暖炉の火を見つめながら、自虐的に鼻で笑う。


「それは、ヘルマン様のせいではないと思います」

「そうなのかもしれんな。だが、どう考えたところで娘は戻らない。あんたが何を為そうとしてるのか俺には分からんが、ただ生きろ。生きていれば、どうにだってなるもんさ」

「はい。必ず生きて、わたくしの為すべきことを為します」


 暖炉の火に、ヒスイ色の目が爛々と煌めいた。その目を見たヘルマンは小さく笑った。今度は自虐的なものではなく、目の前にいる若いエルフの少女を、心から心配し、尊敬するものだった。

 そして翌日、アリーはヘルマンの小屋を出た。最後までヘルマンは無愛想であったが、食料と水を持たせてくれた。それはヘルマンなりの優しさであり、命を助けてもらったのもその優しさ故だった。全てが終わったら、またあの暖かい小屋で再会することを、アリーは心に誓った。


 

 一通り話し合えたアリーは、俯いて華奢な拳をギュッと握りしめていた。二人は黙って聞いていたが、口を開いたのはレゼウスだった。


「キミがこれまで生きていたのは幸運だね。でもその運を手繰り寄せるのも才能だ。そしてそれは運命でもある」

「運命?」

「そうだ。為すべきことを為すため、幸運という名の運命に生かされたんだ。アリー、キミは何を為すんだい?」


 それはの質問というより、アリーに自問自答させるための言葉であった。アリーは逡巡の後、レゼウスの目を真っ直ぐに見た。


「わたくしから依頼させてください。アルフヘイムを、エルフの故郷を取り戻してください」

「報酬は?」


 今度は何千何万という大軍を動かすのだ。生半可な報酬では引き受けてもらえない。


「今はありません。ですが故郷を取り戻したら必ず、相応のお礼をします。この王家の指輪に誓って」

「――信じよう」


 その言葉に、意外にもアリーは驚いた。


「信じていただけるのですか?」

「キミの今までの言動を加味してね。それと我々の信条に従う」


 出会ったとき、奴隷から解放されたときのレゼウスの言葉を思い出す。


「力持つ者が一方的に持たぬ者から搾取したり、虐げることは許さない。ということでしょうか?」 

「万魔の傭兵団。自由を尊び、されど戦場では苛烈なり。これには続きがあるんだ。『求め奪うは、強者のみ。それこそ真に強き者』。これはパンデモニウムの信条でもあり、"魔王"の意志でもある」

「魔王?」

「パンデモニウムのボスさ。魔王は自ら先陣を切り、これまでの大きな戦いも勝利を収めてきた。その戦いぶりや容赦のなさから魔王と呼ばれているんだ」

「それほどの方なのですね」

「それに、今回の依頼には魔王の最終決定も必要だ」


 至極当然だ。組織全体を動かすとなれば、その首領たる人物の決定は必須だろう。


「わたくしは一度、魔王様にお会いしなければならないと思います」

「彼は滅多に姿を見せないからね。どんな人物なのか、正直顔すらも分からない。けど、いずれ会えるよ」

「顔すら見せねぇなんて胡散臭い奴だよなぁ」

 ネビュラはもう話に飽きたのか、またアンドロイド099を読み始めた。


「今は休息だね。これから忙しくなるよ」


 こうしてパンデモニウムは、大きな依頼をエルフの王女から受けることとなった。王女は国を救うために。傭兵は利と信条のために。

 

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