夜での情報共有
永暦元年(一六四七年)二月 山東省済寧州 恵生堂
夜、恵生堂の裏間に、三人が再び集まった。
それぞれが、一日をかけて拾い集めた、榆園軍にまつわる噂を、持ち寄る。灯火を囲み、声を潜めて、朱慈煥は口を開いた。
「まず、俺が集めた話からだ」
薬を売りながら、商人や流民から聞き出した断片を、朱慈煥は頭の中で並べ直した。
「榆園軍は、号して百万と言うが――それは、当てにならない。実際は、曹州の楡の林を根城にした、いくつもの武装勢力の、寄せ集めだ。一つの、統率された軍じゃない。頭目の下に、いくつもの徒党が、ぶら下がっているだけだと思う。そのうちの一つが――どうやら、こちらへ流れてきているらしい。本隊は、西や北で、清軍と本気の戦をしている。だが、こちらへ流れてきているのは、その傘下の、一隊だ。本隊から離れて、掠奪をしながら、東へ動いている――そういう手勢らしい」
「烏合の衆、ということですか」
「そう侮るのも、危うい」
朱慈煥は、首を振った。
「数がまとまっているわけではないが、それでも、俺たち三人が、正面から敵う相手じゃない。それに――彼らは、地の利を知り尽くしている。楡の林に、縦横に地道を掘って、そこから神出鬼没に現れると聞く。正面からの戦を挑むより、忍び寄って、不意を突く。そういう戦い方をする連中だ」
「賊軍でもある程度組織だっているということですね」
志遠が、眉をひそめた。
「厄介なのは、そこだ」
朱慈煥は続けた。
「まともに守りを固めても、意味をなさないことがある。だが――今度こちらへ来る一隊は、そこまでの大がかりな攻めを、仕掛けるつもりはないだろう」
「と、言いますと」
「彼らの動きを、辿ってみたんだ」
朱慈煥は、卓の上に、指で大まかな地図を描いた。
「この徒党が襲ったのは、郓城、巨野。どちらも、済寧の西だ。城を、腰を据えて攻め落としたというより――押し入って、奪い、火を放って、次へ移る。そういう荒らし方をしている。一つの町に、長く留まってはいない。いわば、流れる水のように、動いている」
「では、済寧も――通り道に過ぎない、と」
陳永華が、静かに問うた。
「その可能性が高い」
朱慈煥は、頷いた。
「本隊から離れて、略奪しながら流れている一隊だ。腰を据えて、済寧の城を落とすつもりは、おそらくない。彼らが狙うのは、手っ取り早く奪える、富のある場所だ。蔵に米を蓄えた、商家。そして――」
朱慈煥の言葉が、そこで、わずかに止まった。
「郷紳の、屋敷か」
志遠が、後を引き取った。
「そうだ」
朱慈煥の声が、低くなった。
「城を落とさずとも、郊外の富める家を襲えば、奪えるだけ奪える。火を放って、去っていく。それが、彼らにとって、一番割のいいやり方だ。……そして、済寧で、そういう家といえば」
三人の脳裏に、同じ顔が浮かんだ。
「済寧の城そのものは、あるいは、無事に済むかもしれない」
朱慈煥は、静かに言った。
「清の兵が、城門を固めている。腰を据えて囲むのでなければ、城壁は、そう簡単には破られないだろう。だが――城壁の外にある家は、話が別だ。潘家の屋敷が、城の内にあるのか、外れにあるのか。それによって、危うさが、まるで変わってくる」
陳永華が、はっと顔を上げた。
「潘家の屋敷は……城の、外れです。運河沿いの、少し町から離れた一角に」
部屋に、重い沈黙が落ちた。
城壁だけで全てを守ってくれない。
もし、この徒党が、掠奪を狙って済寧の郊外に押し寄せれば――真っ先に、潘家が、その牙にかかる。
「……見えてきたな」
朱慈煥は、灯火を見つめた。
「敵は、大軍で城を囲む、正規の軍じゃない。本隊から離れた、掠奪目当ての一隊。狙いは、占領じゃなく、奪うこと。動きは速く、長くは留まらない。そして――狙われるのは、城の外の、富める家」
その目に、盤面を見据える、いつもの光が戻っていた。
「敵の形が、見えてきた。相手が大軍でないなら、なおのこと、手の打ちようはある」
灯火が、静かに揺れた。
長い夜は、まだ、始まったばかりだった。




