治国平天下
試題が、場の正面に掲げられていた。
『修身斉家治国平天下』
大学の一節だった。身を脩め、家を斉え、国を治め、天下を平らかにする。為政の根本を説く、王道中の王道の題である。
――無難な題だ。
朱慈煥は、内心でそう思った。
ひねりのない、正統な出題。八股の型に沿って、朱子の解釈を踏まえ、正しく論じればいい。前世で読み込んだ知識が、すでに答えの骨格を組み上げ始めていた。破題はこう起こし、承題でこう受け、中股の対句はこう置く——筆を執る前から、文章の形は見えていた。
朱慈煥は、筆に墨を含ませた。そして、紙に向かった。破題の二句を、書き起こす。筆は、淀みなく動いた。修身から斉家へ、斉家から治国へ、治国から平天下へ。一身を脩めることが、いかにして天下を平らかにすることへ連なるか。その理を、聖人の口吻で、対句を連ねて論じていく。
順調だった。手は、勝手に動いた。知識が、型が、すべて揃っている。これほど書きやすい題もない。
だが――「治国」の二字を書いた、その時だった。
朱慈煥の筆が、わずかに、止まった。
国を治める。
その四文字が、墨を吸って、紙の上に黒々と立っていた。
――妙な巡り合わせだ。
胸の奥が、ことりと音を立てた。
この「治国平天下」を、本当に担おうとしている者たちが、今、南にいる。
朱慈煥は、知っていた。隆武帝は前年に倒れたが、明は、まだ完全には潰えていない。広東では、新たに永暦帝が立った。福建の海では、鄭成功が、なおも清と戦い続けている。南明の旗は、ぼろぼろになりながらも、まだ掲げられている。
その明の――いやしくも血を引く自分が、名を偽り、清の試験で、よりによって『治国平天下』を論じている。
なんという、めぐり合わせだろうか。
南の地で、明の名を奉じる者たちが、文字通り命を懸けて「治国平天下」を実現しようともがいている、まさにその時に。自分は、清の考棚の中で、聖人になりかわって、為政の理想を、よどみなく書き連ねている。
朱慈煥は、筆を止めたまま、紙の上の「治国」の二字を見つめた。
皇族としての矜持が、胸を焦がす——というのとは、少し違った。朱慈煥には、もともと「皇族として国を背負うべきだ」という、強い気負いはなかった。むしろ、その重い立場から、逃れたいとさえ思ってきた。だから、この皮肉も、血を吐くような無念というより、どこか乾いた可笑しさを伴って、胸に落ちてきた。
――皇子が、敵国の試験で、治国の道を説く。
物語ならば、嗤い話だ。
だが、現実の自分は、それを大真面目にやっている。生き延びるために。
朱慈煥は、ふっと、口の端をわずかに緩めた。
ここで筆を止めれば、ただの落第だ。落第すれば、生員の身分は得られず、潜伏の盾も手に入らない。潘家の保証を、無駄にすることにもなる。そして何より――この程度の皮肉に筆を乱すようでは、これから先の長い道を、生き抜くことなどできはしない。
形だけ従えばいい。
朱慈煥は、自分に言い聞かせた。
清の試験官が読みたい言葉を、型に沿って、書いてやればいい。だが、ここに込める「治国平天下」の理想は――それは、清のためのものではない。
いつか、この乱世が果てたとき。
南で戦う者たちが勝つにせよ、敗れるにせよ、いずれ誰かがこの天下を治めねばならぬ。その時、民が安んじて暮らせる世であってほしい。その願いだけは、本物だった。たとえ清の答案用紙の上であっても、書き記す「治国平天下」の志は、誰に捧げるものでもない。朱慈煥自身の、ささやかな祈りだった。
そう思うと、止まっていた筆が、再び動き出した。
朱慈煥は、書いた。
身を脩めることの意味を。家を斉えることの意味を。国を治め、天下を平らかにすることの、その遠く、険しい道のりを。
聖人の言葉を借りながら、その一画一画に、彼自身の、声にならぬ祈りを込めて。
筆は、もう止まらなかった。
皮肉は、皮肉のまま、胸の底に沈めた。そのうえで、書くべきものを、書いた。明への屈託も、清への思いも、すべて飲み込んで、ただ型に沿って、淀みなく。
墨が、紙を黒く染めていく。
考棚の静寂の中で、朱慈煥の筆だけが、静かに、しかし確かに、走り続けていた。
――生きて、書く。
それが、今の自分にできる、ただ一つのことだった。




