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明末の麒麟児  作者: sawami
第1章
9/47

1年後

 崇禎十六年(1643年)。

 李自成は開封を陥落させ、襄陽にて新順王と称し、天下を揺るがすほどに勢いを増している。

 一方、遥か北の地では、清のホンタイジが急死。わずか六歳の九男フリンが順治帝として即位し、その叔父にあたる摂政のドルゴンの下、新たな時代が始まろうとしていた。

 そのころ朱慈煥は、紫禁城を出て妙応寺で「療養」していることになっている。少なくとも紫禁城の中では。

 しかし、王承恩の手配により自分は王承恩の親戚の子「王叔三」という偽名でこの妙応寺で預けられているのだ。

 なので自分が皇族だと知っているのは住職と王承恩のみである。もちろんばれると処刑されかねないが、今の明王朝にそのことを調査する余裕がなかったので問題なかった。

 朱慈煥は今一人で仏教の経典を読み漁っていた。妙応寺は元の世祖フビライの命で元の至元八年(1271)の建立し、当時の皇室のラマ教の活動の中心地となり仏典の翻訳作業などが行われた。なのでこの妙応寺の宗派であるチベット仏教サシャ派以外にもさまざまな宗派の仏典が少なからず存在していたのだ。

 朱慈煥はここで「法華経」や「般若心経」など現代にもあるお経や「大日経」などの密教の経典など読み込んでいた。

 これは単に知識として吸収するだけでなくここを出ていくときに托鉢以外で自身の生活基盤を整えるときに仏教のことを教えられるようにしようと考えたからである。史実でも朱慈煥は私塾を開いて生活していた。

 今のところ無事に過ごせているがいつまでも続くとは限らない。李自成の勢力は増し、清の情勢も不安定だ。

 朱慈煥は、古びた経典に視線を落としながら、静かに、しかし鋭い眼差しで、未来のことを見据えている。

 寺院ではお経を唱える声が、静かに響き渡る。

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