説得
王承恩は朱慈煥を見つめ、すぐに皇子であると気づきゆっくりと腰を落として、深い敬意をこめて頭を下げた。
「これは、皇子殿下」
朱慈煥はあどけない表情で、王承恩に尋ねる。
「父上は、どのようなご様子ですか?」
実は父こと崇禎帝にほとんど会ったことがない。生まれてきた時から皇帝として政務に取り掛かっていたため年に数回ぐらいだった。
王承恩は少し驚いた後、やや沈んだ声で答えた。
「陛下は...今日も政務に励んでおられます。しかし...」
言葉に力を欠き、彼の表情は重苦しい。
朱慈煥は父である崇禎帝の性格をよく知っている。専横を振るった悪徳宦官魏忠賢の誅殺を命じるなど明を再興しようとする姿勢はあったが元来猜疑心が強くヌルハチ、ホンタイジを撃退した名将袁崇煥を処刑した判断ミスは、猜疑心の強さと周囲に対しての信頼の薄さを象徴している。
明の復興を願う崇禎帝だが、その強硬な姿勢はかえって臣下からの忠誠心を失わせているのかもしれない。
朱慈煥は静かに息を吸い込み、王承恩に正直な言葉を告げる。
「...実は、この紫禁城から出て各地を周りたいと考えています」
その言葉に、王承恩は驚きを隠せない。 彼の顔には、戸惑いと、僅かな不安が混じり合う表情が浮かぶ。 紫禁城を離れること、それは皇子にとって、想像を絶するほどの危険を伴う行為だ。
しかし、あなたの言葉には、決意が込められている。 王承恩は、あなたを見据え、何かを思案しているようだった。
沈黙が二人を包む。ここには今二人しかいない。北風が吹き付ける紫禁城の寒さは、二人の間の緊張感を一層際立たせていた。
王承恩は、朱慈煥の話に言葉を失っている。紫禁城の脱出、それは死を意味する可能性も高い、危険な賭けだ。
やがて、王承恩はゆっくりと口を開いた。
「殿下…それは大変危険な企てでございます。もし、清軍や李自成の軍、さらに流賊などに捕えられたら…殿下は…」
彼の声は、かすかに震えている。
あなたは、王承恩の言葉を遮るように、静かに言った。
「承恩。私はこの紫禁城...いやこの国が滅亡しつつあることを悟っています。このままとどまれば私は、歴史に記された運命をたどるだけでしょう。それは決して避けたい未来です」
朱慈煥は滅んだ国々の皇族たちの未来を知っている。あるものは処刑され、あるものは何とか生き残ったが二度と皇帝になれず、あるものは傀儡の皇帝にされ邪魔になると消されてしまった。
朱慈煥はこの数カ月間、宮廷で見聞きしたしたこと、感じたこと、全て込めて言葉を紡いだ。
「私は、ここにいても無事では済まないでしょう。だからこそ生き残って国の未来を見届けたいのです。たとえそれが、この紫禁城の外、危険に満ちた世界であったとしても」
王承恩は、あなたを見つめる。あなたの瞳の奥に、怯えはなく、ただ強い決意をみて覚悟の深さに気づいている。
「では、殿下。どのような計画をお持ちでしょうか?」
王承恩の口調は、少しだけ柔らかくなった。それは、殿下への同意、というよりは、むしろ、覚悟を決め、あなたを助ける決意を固めた証のように聞こえた。
朱慈煥は、ゆっくりと、そして慎重に、これまでに考え抜いた計画を語り始める。




