表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明末の麒麟児  作者: sawami
第5章
56/112

皇族の業

 陳豹との対面以降、朱慈煥は陳志遠を通じて鄭成功と連絡を取り続けた。

 手紙は短く、回数は控えめに。陳志远が稽古の帰りに何気ない口ぶりで言葉を運び、朱慈煥が同じく何気ない返事を渡す。それだけのやり取りだったが、確実に積み重なっていった。

 その間、朱慈煥は次の段階を準備していた。

 ——自分の存在を知っている者は、何人か。

 頭の中で整理した。鄭芝龍、鄭芝豹、隆武帝、鄭成功——そしてその周囲の数人。隆武帝と鄭成功は信用していい。だが鄭芝龍と鄭芝豹は別だ。あの二人がいずれ清に降ったとき、自分の存在が「手土産」として清に伝えられる可能性は、決して低くない。

 崇禎帝の皇子が生きていると清が知れば——必ず探しに来る。

 生半可な覚悟では乗り越えられない、と朱慈煥は思った。

 ——自分は、一度死ななければならない。

 数日後、朱慈煥は陳志遠を呼んで、紙に短く書いた言葉を渡した。

 ——仮死薬を、鄭成功殿に手配していただきたい。

 陳志遠は紙を見て、しばらく動けなかった。

「殿下、これは——」

「読んだ通りだ」

「やりすぎでは、ありませんか」

 陳志遠の声が、わずかに震えていた。

「殿下のお身柄は、ここで十分に守られております。鄭芝龍様もすぐに動かれるとは限りませんし、私たちも全力で——」

「君が悪いのではない」

 朱慈煥は静かに遮った。

「だが、君に守ってもらえる範囲には限界がある。鄭芝龍様が清に降れば、私の名は手土産になる。鄭芝豹様も同じだ。あの二人が動いた瞬間、清の手は私に届く」

 陳志遠は言葉を失っていた。

「最期には、悲劇が起こりかねない身だ」朱慈煥は淡々と続けた。「皇族として生まれた以上、それは避けられない。だから先回りして自分を消す。死んだことにすれば、清は探さない。それくらいの覚悟だ」

 陳志遠はしばらく黙っていた。それから、低い声で言った。

「……鄭成功様にお伝えいたします」

「頼む」

 朱慈煥は短く答えた。

 数日後、陳志远を通じて返事が届いた。

 鄭成功は信頼できる医師に密かに連絡を取った——とだけあった。具体的な名前は記されていなかった。江南か、あるいは別の場所か。それは朱慈煥が知る必要のないことだ。薬が用意され、しかるべき時に届く——それだけ分かれば十分だった。

 朱慈煥は紙を畳みながら、静かに考えた。

 ——これを乗り越えたら、また潜伏するか。

 同安への訪問。陳鼎との対面。そして、その息子の少年——永華と会うこと。仮死を経て廈門に渡った後なら、より自由に動ける。陳志远の縁を辿れば、同安へ入ることも難しくない。

 何度も死んで、何度も生き直す——皇族として生まれた者の業のように思えた。

 だが、まだ読みたい本がある。行きたい場所がある。

 朱慈煥は紙をしまい、窓の外を眺めた。海風が、いつものように潮の匂いを運んできていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ