皇族の業
陳豹との対面以降、朱慈煥は陳志遠を通じて鄭成功と連絡を取り続けた。
手紙は短く、回数は控えめに。陳志远が稽古の帰りに何気ない口ぶりで言葉を運び、朱慈煥が同じく何気ない返事を渡す。それだけのやり取りだったが、確実に積み重なっていった。
その間、朱慈煥は次の段階を準備していた。
——自分の存在を知っている者は、何人か。
頭の中で整理した。鄭芝龍、鄭芝豹、隆武帝、鄭成功——そしてその周囲の数人。隆武帝と鄭成功は信用していい。だが鄭芝龍と鄭芝豹は別だ。あの二人がいずれ清に降ったとき、自分の存在が「手土産」として清に伝えられる可能性は、決して低くない。
崇禎帝の皇子が生きていると清が知れば——必ず探しに来る。
生半可な覚悟では乗り越えられない、と朱慈煥は思った。
——自分は、一度死ななければならない。
数日後、朱慈煥は陳志遠を呼んで、紙に短く書いた言葉を渡した。
——仮死薬を、鄭成功殿に手配していただきたい。
陳志遠は紙を見て、しばらく動けなかった。
「殿下、これは——」
「読んだ通りだ」
「やりすぎでは、ありませんか」
陳志遠の声が、わずかに震えていた。
「殿下のお身柄は、ここで十分に守られております。鄭芝龍様もすぐに動かれるとは限りませんし、私たちも全力で——」
「君が悪いのではない」
朱慈煥は静かに遮った。
「だが、君に守ってもらえる範囲には限界がある。鄭芝龍様が清に降れば、私の名は手土産になる。鄭芝豹様も同じだ。あの二人が動いた瞬間、清の手は私に届く」
陳志遠は言葉を失っていた。
「最期には、悲劇が起こりかねない身だ」朱慈煥は淡々と続けた。「皇族として生まれた以上、それは避けられない。だから先回りして自分を消す。死んだことにすれば、清は探さない。それくらいの覚悟だ」
陳志遠はしばらく黙っていた。それから、低い声で言った。
「……鄭成功様にお伝えいたします」
「頼む」
朱慈煥は短く答えた。
数日後、陳志远を通じて返事が届いた。
鄭成功は信頼できる医師に密かに連絡を取った——とだけあった。具体的な名前は記されていなかった。江南か、あるいは別の場所か。それは朱慈煥が知る必要のないことだ。薬が用意され、しかるべき時に届く——それだけ分かれば十分だった。
朱慈煥は紙を畳みながら、静かに考えた。
——これを乗り越えたら、また潜伏するか。
同安への訪問。陳鼎との対面。そして、その息子の少年——永華と会うこと。仮死を経て廈門に渡った後なら、より自由に動ける。陳志远の縁を辿れば、同安へ入ることも難しくない。
何度も死んで、何度も生き直す——皇族として生まれた者の業のように思えた。
だが、まだ読みたい本がある。行きたい場所がある。
朱慈煥は紙をしまい、窓の外を眺めた。海風が、いつものように潮の匂いを運んできていた。




