表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明末の麒麟児  作者: sawami
第5章
55/112

稽古からの帰り道

 数日後、稽古からの帰り道だった。

 朱慈煥は陳志遠と並んで歩いていた。張は珍しく機嫌が良くないのか、少し離れた前を一人で歩いている。同安県の話を何度か振っているうちに、陳志远は少しずつ口を開くようになっていた。

「殿下、同安では陳鼎先生という方に学んでおりました」

 陳志远がふと言った。朱慈煥は内心で静かに反応したが、表には出さなかった。

「陳鼎、と」

「同安県の教諭をなさっている方です。私は家にも来ていただいて、字や経書を教わりました」

「家庭教師か」

「はい。父が陳先生と古い知り合いでして」

 陳志远は故郷の話になると目が少し柔らかくなる。これまでの会話でも気づいていたが、今日は特にそうだった。

「どのような方だ」

「真面目で、厳しいが、温かい方です。子どもにも対等に接してくださる。息子さんがいて、永華様という名で、私と同じ年頃で——」

「息子も学者になるのか」

「ええ。私など足元にも及びません。物覚えが早く、論語の一節を一度聞けば暗誦してしまうような方です」

 朱慈煥は内心で「やはり」と思った。陳永華——後に鄭氏政権を支えることになる人物。

 少し間を置いてから、朱慈煥は自然な口調で言った。

「会ってみたいな」

 陳志远が驚いて朱慈煥を見た。

「会う、と申しますと」

「陳鼎先生にだ。教えを受けるというほどではなくとも、一度お話をうかがってみたい」

 陳志远はしばらく黙っていた。

「殿下、お気持ちは分かりますが——今のお立場で、大丈夫なのですか」

 控えめだが、芯のある問いだった。鄭成功の配下として送り込まれた陳志远は、朱慈煥の身分の重さを理解している。同安県への外出は、簡単に許される話ではない。

 朱慈煥は少し笑った。

「君がいるじゃないか」

「私がいても、勝手に動けば張殿が黙っていないでしょう」

「そこは何とかする」

 朱慈煥は軽く言った。

「君と話していて分かった。君は信じていい人だ。だから連れていってほしい」

 陳志远は急に視線を逸らした。耳が少し赤かった。

「……殿下」

「何だ」

「あまり人を信じすぎると、騙されますよ」

 声が少し低くなっていた。照れ隠しなのか、それとも本気の忠告なのか、判じかねた。おそらくは両方だろう。

 朱慈煥は少し笑った。

「肝に銘じておく」

 ——もちろん、陳志远を信じているのは事実だ。だが「会ってみたい」のは陳鼎ではなく、その息子の方だ。陳志远には悪いが、口にする必要はない。

 歩きながら、朱慈煥は同安行きの算段を頭の中で組み立て始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ