祈るしかない
書状を渡し終えて、朱慈煥は足早に茶店へ戻った。
「どうだった」と虎子が聞いた。
「渡せた」
「鄭芝龍に会えたか?」と海生が前のめりになった。
「会えなかった」
「えー」と石頭が言った。
「でも書状は届けられた。それでいい」
虎子が「なんだよそれ」と口を尖らせた。だが追及はしなかった。
鄭家から出てくる一族の列が、まだ続いていた。
馬車に乗る者、徒歩で歩く者、荷を担ぐ家僕たち。その列の脇を、私兵たちが護衛していた。朱慈煥は三人と並んで、街角からこっそり眺めた。
私兵の顔ぶれが妙に多様だった。大多数は漢人だが、その中に明らかに異なる者たちが混じっている。
重火器を肩に担いだ白人がいた。肌が赤みがかって、髭が濃い。ポルトガル人か、あるいはオランダ人か。
その隣に、褐色の肌の男がいた。手に火縄銃を持っている。朱慈煥には出身地の見当がつかなかった。アフリカ系だろうか。
さらに、日本刀を帯びて丁髷を結った男が数人歩いていた。体格も顔立ちも、明らかに日本人だ。鄭家は日本との繋がりが深い。鄭芝龍自身が日本で家族を持った男だ。日本人の私兵がいても不思議ではない。
「なんだあの人たちは」と石頭が小声で言った。
「鄭家は海の商人でもあり提督でもあるんだ」と朱慈煥は小声で答えた。「海の向こうの崑崙奴(アフリカ系)や紅毛とも繋がっている」
「すげえ」と海生が目を丸くした。
虎子は黙って見ていた。その目が、日本刀を持った男たちに向いていた。
見物を終えると、朱慈煥は市場で阿福への土産を買った。小さな菓子だ。
「阿福に自慢できなかったな」と虎子が言った。
「見れただけ良しとしよう」と朱慈煥は答えた。
虎子は少し考えて、「まあいいか」と言った。
その後泉州に戻る商船を探して何とか乗り込み、夜に泉州の別荘に着いた。扉を開けると——顔を青くした阿福と、険しい顔をした大人が数人、待っていた。
よく見ると、阿福の親戚たちだった。
「どこへ行っておったのだ!」
最初に口を開いたのは、がっしりした体格の中年男だった。声が大きかった。
そこから先は、長かった。
説明をしようとしても聞いてもらえなかった。虎子が途中で口を挟んで余計に怒られた。石頭は最初から黙っていた。海生は申し訳なさそうに縮こまっていた。
朱慈煥は深く頭を下げて、ひたすら詫びた。
翌日、一行は半ば囚人のような面持ちで泉州を発った。
平海衛に着くと、港にはさらに多くの大人が待っていた。海生の父親、虎子と石頭の親族——皆、顔色が怖かった。
海生が港に上がった瞬間、父親に頭を抱え込まれて、ごつりと拳骨を食らった。虎子と石頭も同様だった。
朱慈煥にも当然、張が待っていた。
他の大人たちとは少し違う怒り方だった。怒鳴りもせず、叱りもしなかった。ただ無言で朱慈煥を屋敷まで連れ帰り、扉を閉めてから、低い声で言った。
「二度とするんじゃねえぞ」
静かだったが、声の底にドスが効いていた。
「俺の首が飛ぶんだからな、ガキ」
朱慈煥は黙って頷いた。張はそれ以上何も言わなかった。どうやら子どものやらかしとして処理するつもりらしい。鄭芝龍への報告はしない——少なくとも、今のところは。
その夜、朱慈煥は部屋で一人、天井を見上げた。
全身があちこち痛かった。怒られた分だけ、体に応えた。
——しばらくは、大人しくするしかない。
だが書状は、確かに鄭成功の手に届いた。あとはあの男が信じるかどうかだ。
——信じてくれ。
祈るような気持ちで、朱慈煥は目を閉じた。




