使いの者
鄭家の屋敷は、街の南寄りにあった。
遠目にも分かる大きな邸宅で、表門の周りには馬車や徒歩で出ていく人々の姿があった。立派な装束の年配の男たち、家僕を従えた女たち、子どもを連れた家族——一族郎党が祭事を終えて引き上げているところらしい。
朱慈煥は門から少し離れた場所で足を止めた。
——好都合だ。
通常の鄭家であれば門番が厳重で、書生風の子どもなど近づけもしない。だが今は祭事の片付けで混雑している。出入りが多ければ多いほど、門番の警戒は薄くなる。
朱慈煥は懐に手を入れて、書状を確かめた。船に乗る前に事前に書いていたものだ。
——隆武帝の名を騙るのは、命懸けの賭けだ。
もし露見すれば、鄭芝龍に話が届く前に、その場で斬られても文句は言えない。だが鄭森に取り次がせる確実性で言えば、これが最も強い。鄭芝豹の名では鄭家の中の誰かに確認されればすぐ崩れる。鄭鴻逵の名も同じだ。
隆武帝の名なら——確認は遠い福州まで取らねばならない。少なくとも数日は持つ。
封をして、印は押していない。
——印がないのは賭けだ。だが、印を偽造する方が見破られたときの罪が重い。
朱慈煥は三人を振り返った。
「ここで少し待っていてくれ」
虎子が眉を寄せた。「どうした」
「叔父上から書状を一つ預かっていた。届けてくる。すぐ済む」
「俺たちは行かないのか」
「子どもが大勢で門に近づくと、門番に追い払われる。一人の方が早い」
虎子はしばらく朱慈煥を見ていた。何か言いたそうだったが、結局「分かった」とだけ言った。海生と石頭も頷いた。
「あそこの茶店の前で待っていてくれ。長くはかからない」
朱慈煥は街角の小さな茶店を指差した。三人が頷くのを確かめて、踵を返した。
——これで鄭芝龍を見られるんだろうな、と虎子の声が背中に届いた。
朱慈煥は答えなかった。
門に近づくにつれて、出入りする人々の様子がよく見えた。家僕が荷を抱えて行き来し、女たちが籠を運んでいる。確かに混雑している。
門番は二人いた。槍を持った男たちだが、出入りする人々を一々確認している様子はない。
朱慈煥は門の少し手前で立ち止まり、家僕の一人が出てくるのを待った。年配の男だった。
「お忙しいところを失礼します。隆武帝のご意向を伝えるため、鄭森様への書状をお預かりしております」
家僕は朱慈煥を見た。書生風の少年が「隆武帝」と口にしたことに、明らかに驚いた様子だった。
「……隆武帝の」
「使者ではございません。私はあくまで使いの者で、書状をお届けするだけにございます。鄭森様に直接お渡しいただければ、ご理解いただけるはずです」
「印は」
「急ぎの用件のため、内密にお渡しせよとのご命令にございます」
家僕はしばらく朱慈煥を見ていた。子どもの使いが隆武帝の名を出すという異様さに、判断に迷っている顔だった。
「お伝えいただければ分かるはずです」
朱慈煥は静かに付け加えた。
「『朱文』と申します、と」




