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明末の麒麟児  作者: sawami
第4章
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安海への道

今回は少し長めです。

 別荘を出るとき、朱慈煥は一度だけ振り返った。阿福がいつ戻るかは分からない。阿福には悪いが今、動かなければ機を逃す。

 泉州の南門外で、四人は荷駄を組む商人の一団に出くわした。

 馬と驢馬に荷を積み、男たちが縄を縛っている。朱慈煥は商人らしい年若い男に声をかけた。

「どちらへ向かわれるのですか」

 男は手を止めて朱慈煥を見た。年は二十代半ばか。日に焼けた顔立ちで、目に力がある。

「安海だ」

 簡潔な答えだった。朱慈煥は内心丁度良いと感じた。

「私たちも安海まで行きたいのです。荷運びを手伝いますので、連れて行っていただけませんか」

 男は朱慈煥たち四人を順に見た。子ども四人で安海へ向かうという妙な光景に、少し眉を上げたが、すぐに笑った。

「荷運びくらいなら頼むぞ。手は多い方がいい」

 商人は名を聞かれる前に「呼んでもらうほどの者ではない」と言って、自分は安海の鄭家に用があって向かう途中だと話した。

「鄭家、と」

「この乱世だ。腕の立つ商人は、頼れる後ろ盾がいる。鄭家ほどの……まあ、分かるだろう」

 含みのある言い方だった。朱慈煥は何も返さず、軽く頷いた。

 ——新進気鋭の商人、か。

 動乱に乗じて鄭家に取り入ろうとしている若い商人。福建には今、こういう男が増えているのだろう。

 虎子が朱慈煥の袖を引いた。

「あの男、信用していいのか」

 小声だった。朱慈煥は首を僅かに振った。

「分からない。だが、今は他に手がない」

 念のため、と朱慈煥は小声で続けた。

「皆、護身用の物を持っているか」

 虎子は懐から短い小刀を見せた。武官の家の子らしく、慣れた手つきだ。石頭は小さな匕首を出した。海生は腰の縄に魚鉤を結びつけている——「父ちゃんのだ」と小声で笑った。

 朱慈煥自身も、平海衛の屋敷を出る前に小刀を一本忍ばせていた。稽古で使っていた木刀ではなく、本物の刃物だ。万一のときのために。

「人攫いの可能性もある」

 朱慈煥は静かに言った。

「だが、ここで進まなければ、もっと悪い手しかない。皆、何かあったらすぐに離れて走れ」

 三人は黙って頷いた。

 荷駄は午前のうちに泉州を発った。

 南へ向かう道は、晋江沿いに進む。右手に川、左手に低い丘。秋の風が稲穂を揺らしていた。刈り入れの時期で、田の向こうには農夫たちが鎌を振るっているのが見えた。

 道は決して上等ではなかった。所々で土がぬかるみ、荷駄の車輪が泥に取られて止まることもあった。そのたびに男たちが車を押し、子どもたちも縄を引いた。朱慈煥は、思っていたより重労働だと内心で苦笑した。

 昼を過ぎる頃、晋江の支流を渡る石橋にさしかかった。古い橋で、欄干が一部崩れている。だが石組みはしっかりしていて、荷駄が通っても揺るがない。

「この橋は宋の頃のものだ」と商人が言った。「泉州が世界一の港だった頃の石橋だ」

 朱慈煥は石の継ぎ目を眺めた。確かに、苔の様子からして相当古い。海上の道も陸の道も、かつての泉州の繁栄を支えていたのだ。

 石頭が「お前、また物知りな顔してるな」と笑った。

 日が傾く頃、安海の街並みが見えてきた。

 街は思ったより大きかった。港から続く街路には商家の建物が並び、軒先に提灯が灯り始めている。鄭家の本拠地として栄えているだけはある。

 商人は荷駄を市場の一角で止めた。

「ここまでだ。助かった」

 朱慈煥は深く礼をした。三人もそれに倣った。

「鄭家への用件で来たんだったな」

 商人が朱慈煥を見た。「お前たちは、鄭家に何の用だ」

 朱慈煥は少し間を置いてから答えた。

「叔父が鄭芝豹様の配下なのです。一度、鄭家を見てみたかっただけです」

 嘘ではない。半分は本当のことだった。

 商人はしばらく朱慈煥を見ていたが、それ以上は何も聞かなかった。「気をつけて行け」とだけ言って、踵を返した。

 四人になった。

「どっちだ」と虎子が聞いた。

 朱慈煥は街並みを見渡し、しばらく記憶を辿った。前世で読んだ史料の中で、鄭家の屋敷の位置についていくつか記述があった。安海の港に近い、街の南寄り——確か、街の中心から少し外れた場所に大きな邸宅があったはずだ。

 ——こっちだ。

 朱慈煥は静かに歩き出した。三人がその後をついてくる。

 夕日が、安海の街路を赤く染めていた。

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